・21-9 第404話:「バ・メール王国解放作戦」
・21-9 第404話:「バ・メール王国解放作戦」
アルエット共和国との、戦争を終わらせるための戦争。
その第一段作戦となるバ・メール王国の解放は、タウゼント帝国の建国歴千百四十年の四月二十日から開始された。
帝国北西部、バ・メール王国に接する領域に集結した、ノルトハーフェン公国軍五万、および帝国諸侯の軍勢五万、そしてバ・メール王国臨時政府の解放義勇軍三万から成る合計十三万の軍勢が侵攻。
共和国軍の守備隊を撃破・退却に追い込みつつ進撃し、占領されていた地域を取り戻して行く。
総指揮を任されたエドゥアルドの従兄、ヨーゼフ・ツー・フェヒターは最初、大軍を指揮した経験が無いことを理由にこの役割を固辞していたのだが、彼の軍は快調な進軍を見せた。
参謀教育を終え、半島戦役などで経験を積んだ参謀将校などの派遣を受け、実戦のノウハウが十分に生かされたことや、すでに状況が大きく有利に傾いていた点などが要因としてある。
帝国軍の侵攻と時期を同じくして。
バ・メール王国の領域では、編成されていたパルチザンが一斉に蜂起。
共和国軍の守備隊の後方をかく乱するのと同時に、補給を寸断しただけではなく、先んじて交通の要衝などの要地を抑え、ヨーゼフの進撃を手助けしたからだ。
前からは強力な軍団が迫り、背後には敵対的な民衆。
これでは、戦う意思はあっても、到底、守りきれるものではない。
多くの敵の部隊は抵抗することもできずに持ち場を放棄し、共和国本土へ向かって退却するしかなかった。
このため、目立った戦闘はなく、むしろ進軍が早くなりすぎ、隊列が伸びきったために指揮系統が混乱しないように注意しなければならなかったほどだ。
アントン参謀総長が言っていた、ひとつの戦域に展開できる限界は十万程度、という言葉に反し、それを上回る軍勢が行動していたが、補給についての問題も発生しなかった。
向かう先の住民が協力的で、貨幣を対価として支払う形での現地調達を円滑に実施できたことと、この方面では海路を利用することができたからだ。
バ・メール王国はヘルデン大陸の端に位置し、南をアルエット共和国、東をタウゼント帝国と接する他は、海に面している。
大陸一の大河、グロースフルスの河口付近に形成された平野と、長年かけて海を干拓して作り出した低地に栄えた国家だ。
古くから水運は盛んであり、イーンスラ王国が台頭する以前は、大きな海洋権益を掌握した豊かで強い、国土の面積がさほどではなくとも侮れない存在だった。
だから、王国には大型の船舶が利用できる優良な港湾がいくつもある。
それらを確保し、海沿いを中心に進めば、船舶で大量の物資を直接輸送することができるのだ。
この海上輸送には、海軍大臣・マリアン伯爵の強い要請で推し進められたタウゼント帝国海軍が、その歴史上で初めてとなる重要な活躍を示した。
未だに海の上での主力はイーンスラ王国軍であり、その支援を受けながらではあったが、ノルトハーフェンの港を起点として設定された海上補給線の護衛に新造された艦隊が参加し、共和国海軍の妨害を排除することに成功したのだ。
「あれは、俺の力ではなかった。
すべてが事前にお膳立てされていた。
失敗する方が難しいくらいに段取りが済んでいて、俺はただ、「進め」と命令するだけで良かった」
後にこの時のことを回想したヨーゼフは、自身の手柄を誇示することもせず、率直にそう実態を述べている。
そうして。
四月の末には、バ・メール王国の王都であった重要な都市、グラン・ディグーを奪還するのに至った。
———その報告を、エドゥアルドは帝国西部の国境地域で、オストヴィーゼ公爵・ユリウスと共に受け取った。
「まさに、快進撃でしたね」
「はい。
そのために準備をいたしましたから」
おべっかではなく、心底から感心した様子のユリウスの言葉に、エドゥアルドはまんざらでもなさそうにうなずいている。
二人は、大きな樫の木の下にテーブルを広げ、椅子を用意して、のんびりとコーヒーとお茶菓子を楽しんでいた。
天気も良いし、義兄弟であるのになかなか会う機会もないから、こうして親しく時間を過ごそうということになったからだ。
そばには、お決まりのようにメイドのルーシェが澄ました様子で控えている。
戦争中とは思えないほどのどかで、優雅な光景だった。
「それより。
問題は、敵の主力の動向です」
海上交易が再開したことによりまた手に入るようになったコーヒー豆で作ったコーヒーの香しい匂いを、カップをゆっくりと揺らして楽しみながら、エドゥアルドは言葉を続ける。
「バ・メール王国を奪還すること自体は、容易いことです。
ですが、敵の反撃を阻止できなければ、また元の状態に戻ってしまいますし、なにより。
開戦からごく短期間の間に敵の主力を捕捉・撃滅し、短期決戦に持ち込むことがこちらの狙い。
出て来てもらわなければ困ります」
「もうじき、知らせも入るでしょう」
優雅に振る舞いつつも、内心では心配もしている様子の代皇帝に、オストヴィーゼ公爵はリラックスした様子で言う。
「事前に帝国側で決議を行ったことにより、こちらの軍の動員と合わせ、共和国でも防衛態勢の構築が行われていました。
陛下の諜報網を介して、十万以上の規模の軍が編成されていると。
そう報告が入っております。
しかし、敵は我が方に戦略的に包囲されていますから、たったひとつしかない主力軍をうかつに動かすわけにもいかず、首都の近隣に留めていた。
きっと、ヨーゼフ殿の進軍を知り、慌てて北上しているところでしょう。
もうじき、こちらの警戒網に引っかかるはずです。
それまでは」
「……それまでは? 」
「慌てても仕方がありません」
ユリウスは生真面目な彼にしては珍しく。
椅子の背もたれに身体を預け、両手を上にあげてぐっと身体を伸ばすという、気を楽にした姿を見せる。
それだけ、エドゥアルドのことを信頼しているということなのだろう。
「また、次に会えるのがいつになるのか分かりません。
せっかくですから、報告が入るまでは、こうしてお話をしていましょう」
「それは、良い考えです」
長年の盟友、おそらくは自身にとってもっとも最初に味方になってくれた有力諸侯の言葉に思わず微笑んでしまう。
(まったく、ユリウス殿の言う通りだ)
ここで焦っても、仕方がない。
コーヒーを一口飲み込みながら、エドゥアルドはいったい何から話そうかと、少しワクワクとした気持ちで考えていた。




