・21-5 第400話:「懸念」
・21-5 第400話:「懸念」
タウゼント帝国軍の参謀本部が立案した多段作戦は万全のもののようにも思えたが、懸念点が無いわけではなかった。
攻撃を戦略的な奇襲とし、敵がそれに対処法を見出す以前に決着をつける。
そのために、多国籍の同盟軍により、陸軍の総兵力で五十万、実際に戦争に関わる人々はその倍以上、といった大規模な作戦を考案したものの。
その巨大さ自体が欠点となる恐れがあった。
戦線が広くなるから、自然と、相互に連絡を取るのは難しくなる。
情報が届くのには何日も、場合によっては何週間もかかるかもしれない。
そういった、この時代の伝達手段の技術的な課題により。
連携が十分に取れなければ、この作戦は成立しない恐れがある。
加えて、補給の問題。
これまでヘルデン大陸で用いられてきた軍隊がいずれも大きくても数万規模であったのは、人口が少なく経済規模も小さくて、それだけの人数をかき集めるだけでも精一杯だったためであったが、それ以上となると物資を確保できなかったからでもある。
多少は後方の策源地となる本国からの輸送が行われていたものの。
基本は、現地調達。
持ち込んだ軍資金で買い集めるような穏当な手段から、時に武力によって恫喝し半ば無理矢理に獲得する徴発、果ては兵士たちに自由に略奪させる方法。
こういった手段で食いつなぎ、軍としての力を維持する。
イナゴの大群が田畑を食いつくようなものだ。
軍隊がやって来ると、その地域は荒らされ、食い扶持がなくなると別の場所へと移っていく。
そうやって維持できる軍の大きさが最大で数万といった程度のものだった。
こういった古い手法の上限を無視して大軍を展開するには、現地調達では到底、間に合わない。
場合によっては前線で戦う兵士よりも多くの人員と機材を割き、十分な物資を輸送し続けなければならない。
この補給が成立しなければ、作戦は自然に崩壊してしまうだろう。
大軍が兵站上の不備により崩壊する様は、エドゥアルドなどはその初陣で見せつけられている。
加えて、内輪もめ、という可能性も考えられた。
現状の同盟軍は、アルエット共和国という共通の敵を前に団結してはいるものの。
実際には、その思い描く未来像はそれぞれで異なっている。
そういった思惑、利害の不一致から不和が生じ。
肝心な場面で同盟軍が瓦解する危険もあった。
これには、アルエット共和国による、必死の外交戦も影響して来るだろう。
自分たちがどれほど不利な状況にあるのか。
彼らは、オルリック王国やサーベト帝国への働きかけを通じ、そのことを思い知らされたはずだ。
だから、今頃は必死になって、こちらの陣営の切り崩し工作を試みているかもしれない。
例えば。
進んで利益を提供することと引きかえにして、同盟から離脱させるとか。
そういった表立った行動に移してもらうだけでなく、タウゼント帝国が構想している作戦を忠実に実施しないよう、サボタージュしてもらうだけでもずいぶんと戦況は違って来るだろう。
自国の領土をいくらか失ったり、資金を失ったりするのだとしても。
国家が滅亡し、独立と主権を奪われるよりは、遥かにマシだ。
あくまで第一の目標としては国家の領域の保全が指向されるべきだが、それらが不可能である時は、できるだけ傷口が小さくなるようにするのが次善の策だ。
戦争において重要なのは、いかに勝利するか。
あるいは、どうやって敗北するか。
そういった思想が述べられることもあるが、これは、確かに真理のひとつを突いた言葉であるように思われる。
ただ勝てばいいわけではない。
その過程で支払われる代償が成果に見合ったものになるのか。
戦後の情勢を見すえて、自身にとって有益な結果となるのか。
十分に検討し、より良い方向に進めなければ、それは、勝ったとは言えないだろう。
敗北を免れ得ない場合。
どうしても敗北を許容しなければならなくなったのだとして、どこまでその影響を縮小できるか。
傷が小さければ当然、国家の再建はやり易くなるし、将来的な捲土重来も見えて来る。
そういった復仇を目指さないのだとしても、ある程度のまとまりを維持して国家を保てるのなら。
[次]が起こってしまった場合にも、対処しやすい。
国家が滅亡するとき。
それは国力の衰退やクーデターなどにより瓦解が起き、一気に進行する場合もあれば。
徐々に切り取られ、段々と小さくなっていき、何年も、何十年もかけて周辺諸国に[消化]されていく場合もある。
そういった事態を避け、なんとか踏みとどまるためには、やはり、できるだけ国力を失いたくはない。
領土の保全は、人々の住む場所、生産活動を行うための用地を確保するという観点から重要であり、その損失を最小限とできるのなら、その手段を取るのは有力な選択肢となり得る。
共和国のなりふり構わない外交戦の成果によっては。
帝国を取り巻く同盟国との連携は、盤石なものではなくなるかもしれない。
そして、こういった懸念点の他に。
エドゥアルドがもっとも恐れているのは、かの、アレクサンデル・ムナールが、軍務に復帰することであった。
彼は帝国側からの工作などもあり、国家的な英雄が大きな力を持ちすぎ、政権を転覆させる可能性を危惧した政治家たちの手によって、[栄転]という形で軍事の実権を奪われた。
しかし、その存在がこの世界から消失してしまったわけではない。
アルエット共和国の首脳部は、決して、愚か者ばかりではないだろう。
自国の存亡の危機が迫った時、起死回生の一手として、戦争の天才にすべてを委ね、その手腕を存分に発揮させる可能性は十分にあった。
それでも、勝てる。
今回ばかりは、そうなる。
そういった風に思わないでもない。
———が。
アレクサンデル・ムナールという男は、こちらの想像もつかないことをやってのける。
奇跡を、本当に起こしてしまうかもしれない。
何度も煮え湯を飲まされてきたエドゥアルドやアントンにとって、ムナール将軍の存在はもはや悪夢そのものであり、畏怖の対象であった。
だから、彼が表舞台に再度、立つ前に。
迅速に戦争に決着をつけておきたい。
そういった内心もあり。
タウゼント帝国では、人によっては少々過剰かもしれないと思われるほどの慎重さで戦争準備が整えられていった。




