・21-3 第398話:「迫るその時」
・21-3 第398話:「迫るその時」
ヘルデン大陸の国際情勢は、タウゼント帝国にとっては盤石なものだった。
アルエット共和国を包囲するように形成された、四か国による同盟。
主敵と対峙した時、後背に位置する側にも友好国を得ており、こちらが挟撃を受ける恐れは無視できる。
エドゥアルドは自国の全力をもって共和国へ攻撃を実施できる状態だ。
相手はというと。
それとはまったく異なり、周囲を取り囲んできている敵対勢力に対応するため、兵力を分散しなければならない。
しかも孤立しているから、援軍を得られる望みもない。
そういった状況を突きつけられ、彼らは危機感を強めているが、いまさらどうしようもなかった。
これまで自国の強勢を頼りに周辺諸国に手を出し、敵を増やす一方で味方を作る努力を怠って来たのだから、急に現状を変えようと思ってもどうすることもできない。
諜報によると。
敵は、いよいよ、自国で帝国軍を迎撃する、そうなることを予見し、覚悟を固めつつあるらしい。
「我が方が多数ではございますが、敵の領内奥深くに攻め込まなければならない、となりますと、少々、厄介ではございます」
ある日、作戦立案の進捗状況を報告するためにエドゥアルドと面会した参謀総長のアントンは、現在の国際情勢を聞くとそう指摘した。
「周囲が敵ばかりとなりますと、常識的な反応としては、守りに入ります。
これまでのように積極的に外に打って出て来ることはないでしょう。
内で守る共和国軍を撃破し、我が方の要求を飲ませるためには、自然と、こちらは敵の懐の深くまで侵攻しなければならなくなります。
そうなりますと、補給面の懸念が大きくなってまいります。
加えて。
敵にとっては勝手を知った故郷の地において、内線作戦を実施することになります。
このために、少ない兵力を有効に活用され、最大限の抵抗が実施されるでしょう」
「そうなると……。
悩まされることになるかもしれませんね」
内線作戦を行う側は、保有している兵力を有効活用しやすい。
部隊を転戦させるために移動させる距離が小さくて済むので、戦況に応じて迅速に機動することができるからだ。
敵はその中枢を中心として放射状に連絡線を構築できるから、迅速に命令を伝達できるし、補給についても効率的に実行できる。
これに対し、外線作戦となる側は、多勢であってもそれを生かしにくい。
敵の勢力圏の周りをぐるりと移動しなければ相互に連絡が取れないため、連携を行いにくい。
しかも地勢をよく知らないから、敵地のより深くに進めば進むほど補給は難しくなるし、不利な戦場で戦うことを強いられる。
さらには、敵よりも広い領域を支配しなければならないため、兵力は分散させられ、局所的に敵よりも弱いという状態が生まれてしまう。
いわゆる各個撃破を受ける恐れがあった。
「ですので。
我々としては、まず。
敵を誘い出すような作戦を立案させていただきました」
前置きはここまでにして、本題を説明したい。
アントンはそう言うと、最近、参謀本部でとりまとめられたばかりの作戦計画についての書類をエドゥアルドへと差し出していた。
「敵を誘い出す? 」
内線作戦を実施する敵を倒すのは、決して不可能ではないが、手間がかかるしこちらの被害も増える恐れがある。
だが、むしろ相手の方をこちらの有利な戦場に呼び込むことができれば、これを撃破できる公算は大きい。
敵をおびき寄せる作戦とは、いったい、どのようなものなのか。
書類に目を通したエドゥアルドは、「なるほど」と呟き、感心した表情をアントンへと向けていた。
「確かに、これならば、共和国にこちらの真の意図を悟られることなく、その主力軍を誘い出せるかもしれません」
「はい、陛下。
敵にとって戦いやすい場所からその主力を誘い出し、一挙に撃滅することにより抵抗力を粉砕し、短期間で戦争を終結させようというのが、本作戦の主眼でございます」
一般的に。
戦争というのは、短期間で決着をつけられるのが理想とされていた。
作戦の遂行のためには、多くの人員の動員が必要であり、期間が長引くと民間の生活への影響は深刻なものとなるから、そういった負担を軽減したい。
これは人道的な理由ばかりではない。
より具体的な、経済の問題。
戦争には多額の費用がかかるからだ。
勝利すれば領土や賠償金を得られるという期待こそあるものの。
必ずしもそれで出費のすべてがまかなえるとは限らないから、できるだけかかった予算は低く抑え、そして最大限の成果をあげて、それを回収できるようにするか、損失を最小限に抑えなければならない。
軍隊が消費する様々な物資、兵器や弾薬の類は、基本的に、経済活動にはあまり役には立たないものだった。
結果次第では得る物もあるのかもしれないが、軍事費として投じられた予算を経済的なこと、例えば新しい生産設備の導入や拡充など、国の発展のためにつぎ込んでいた方がリターンは大きくなるし、なにより、物質的な充足により人々の生活が豊かになる。
これらに加えて、深刻となるのは、動員によって多数の人員が駆り出されるということだった。
平時であればそれぞれの生業に精を出していたはずの者たちを軍役につかせれば、その分、生産活動は停滞する。
特に、三十五万にも及ぶ将兵と、それを支える人員が集められることになる帝国では、その影響は大きい。
必要ではあるが、国家運営にとっては、軍事というのは浪費という側面が強い。
アントンが短期決戦を指向しているのは、彼がこれまでの経験から補給という面で何度も煮え湯を飲まされて来て、その実施が可能な範囲で決着をつけなければ不測の事態を招きかねないと痛感させられていることに加え。
こうした、国家、国民が負担しなければならない、多くの出費や犠牲を気にかけてのことだった。
「参謀本部としてご提案いたします作戦は、複数の段階に別れた、多段作戦となります。
これを遂行することで、私といたしましては、半年以内に戦争を終結させ得ると考えております」
「余としても、期間は短い方が良いと思っています。
こちらの書類でその概要は理解できましたが、アントン殿から直接、ご説明いただいても? 」
「もちろんでございます、陛下」
二人はアルエット共和国に対する侵攻作戦について深く議論し、共通認識を形成していく。
準備は整いつつあり、多年に及ぶ戦争に決着をつけるその時が、迫ってきていた。




