・21-2 第397話:「外交戦:2」
・21-2 第397話:「外交戦:2」
アルエット共和国はようやく自身がヘルデン大陸において孤立し、周囲に敵しかいないと気づき、慌てて外交関係の構築に乗り出したものの。
完全に時期を逸してしまっていた。
彼らが手を結びたいと考えていた相手はすでに帝国との友好関係を構築しており、遅れて交友を持とうとしても、少しも聞く耳を持ってもらえなかったからだ。
これが、数年前。
徴兵制による国民軍を持つ唯一の国家として、大陸で猛威を振るっていた時期であれば、違っていたかもしれない。
当時の大陸のパワーバランスは、共和国の有利に大きく傾いていた。
だから、当時であれば。
その強大な軍事力で勝利を獲得できるという見込みには説得力があり、今のうちに味方に転向しておいた方が将来にとって良い、という誘い文句が有効に働いたことだろう。
先に協力してくれていれば、後で、その見返りを多く得られる。
そして、タウゼント帝国という敵を打ち滅ぼした後に、新たな[獲物]にされる、という事態も回避できるからだ。
しかし今や共和国の軍事的な優位は揺らいだ。
海においてはタリークの海戦で大敗し、海上優勢を奪われ、自国の近海の防衛にも悩まされている。
陸においてはフルゴル王国から追い出されたことにより、もはや彼らの一強は終わったという事実を示されてしまった。
こうなってから。
慌てて「助けて下さい」などと頭を下げたところで、自ら進んで血を流し、彼らを救おうとする国は少ない。
まして。
元々帝国と劣悪な関係であるのなら話を聞いてもらえただろうが、オルリック王国もサーベト帝国も、エドゥアルドとは友好的なのだ。
力を失ったアルエット共和国に協力するメリットがないし、年々、力を増しつつあるタウゼント帝国を敵に回したくはない。
むしろ、目下のところの敵であるザミュエルザーチ王国に備えるため、力を借りたい。
そういった思惑が形となって表れたのが、今回の、外交戦を仕掛けられたことを通報する知らせであった。
「今頃、アルエット共和国の政治家たちは、どんな顔をしているのだろうな」
事の次第を知らせてくれた手紙に目を通し終えたエドゥアルドは、小さくクスリ、と笑いながら、読み終わったものを執務机の上に置く。
自身がこれまで行って来た地道な外交努力が成果を見せている。
敵を減らし、味方を増やすことを常に意識して立ち回りをして来たことが実った。
これほど嬉しいことも、なかなかない。
「現状で共和国と結ぶといたしましたら、おそらく、ザミュエルザーチ王国だけが応じる可能性を持つでしょう」
その手紙を手に取り、自身も目を通しながらそう言ったのは、ブレーンのヴィルヘルムだ。
共和国が仕掛けて来た外交戦にどう応じたものかと助言を求められている彼は、いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべながら、淡々と思考を声に出す。
「ザミュエルザーチ王国は伝統的に南下政策をとっており、サーベト帝国とは断続的に交戦状態であるほか、オルリック王国の領土に対しても野心を持っております。
そして、この二か国はいずれも我々の友邦でございますから、必然的に、帝国もザミュエルザーチ王国にとっての敵、ということになります。
こちらの勢力を少しでも削れるのなら、共和国と盟約を結ぶ十分な理由となりましょう」
「兵器・弾薬だけではなく、将校の教育、兵士の訓練、産業の育成などにおいても、こちらは、彼らの敵となる存在に支援を行っていますからね」
オルリック王国もサーベト帝国も、理由もなくなぜかタウゼント帝国とエドゥアルドに対して好意的なわけではなかった。
きちんと根拠がある。
彼らのためにこれまでずっと、自分たちにとってどれほど状況が苦しくとも約束を履行し、支援を継続してきているからだ。
それは、ヘルデン大陸の大国といえども、帝国にとっては小さくない負担ではあった。
しかしこうして味方でいてくれるというのは、その見返りとしては十分だ。
もしも敵に戦略的な挟撃をされるとなれば、三十五万の動員が可能であったとしても、防衛だけで兵力が手一杯になってしまう所だっただろう。
戦争には決着をつけられず、さらに長期化する恐れがあるばかりか、敗北する可能性さえあった。
「ヴィルヘルム殿。
ザミュエルザーチ王国が敵に回ったとして、さしあたり、我が国はどの程度の影響が及ぶのでしょうか? 」
「直接的な脅威とはならないはずでございます。
かの国は我らとは距離が離れておりますから、軍事的な侵攻は困難。
陸軍は相当に強力ではございますが、間にはオルリック王国やサーベト帝国がございますから、こちらには来られません。
海軍は脆弱であるため、こちらの領域に対し意味のある軍事行動はできないと考えられます。
また、経済的な結びつきも限定的でございます。
ただ、間接的に干渉して来ることは想定しなければなりません」
「というと、オルリック王国、あるいはサーベト帝国への攻勢を強め、我が国からさらなる支援を行うのを強制させる、といったことでしょうか」
「おっしゃる通りです。
つけ加えるなら、もう一点。
世論工作を行い、我が国に対し政情不安を起こすべく、画策する恐れがございます」
どんなにうまく統治が行われている国家であっても、その中には必ず、不平・不満を持つ者がいる。
外国はそういった人々を刺激すれば、少数のスパイを送り込むだけでも騒乱を引き起こせる。
この作戦がうまくいけば、間接的に帝国軍の威力を大きく損なうことができるだろう。
国内が安定していて、戦争に必要な将兵を確保し、十分な物資を生産して送り出せなければ、前線の戦力は低下してしまう。
「ヴィルヘルム殿。
防諜に関して、十分に備えていただきたい」
「心得ております。
クラウス様のお力を借りながら、外国からの干渉について警戒しておきます」
外交戦における勝利はほぼ確定したようなものではあるものの。
何が起こるか、分からない。
万全を企図して注意するように促すと、ヴィルヘルムは表情を変えないまま淡々と、だが力強くはっきりと首肯していた。




