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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第二十章:「道筋」

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・20-24 第395話:「幸せな冬」

・20-24 第395話:「幸せな冬」


 水面下では同盟諸国との調整が進み、共和国を確実に打ち倒すための作戦の立案が、着々と進められる一方で。

 メイドのルーシェにとって、タウゼント帝国の建国歴千百三十九年という年は、比較的平和に、そして、幸福に過ぎ去っていった。


 ここ数年は、何度も出征があった。

 戦争が絶えず、エドゥアルドは軍を率いて前線におもむかねばならず、自身もそれにつき従ってあちこちに行った。

 他の兵隊たちとは異なり、補給部隊と行動を共にし、馬車に乗せてもらえる機会が多かったから、彼女の脚でもついていくことは難しくはなかったものの。

 衛生面を担う一員として負傷兵の看護を行い、手当てを手伝いもしたから、凄惨な場面を多く目の当たりにして来た。


 また、海を漂流し、いずことも知れない南国で遭難した経験さえある。

 もっとも、これは、ルーシェにとっては自身の人生の大きな転機となった出来事でもあり、半分は嬉しい記憶となっているのだが。


 こういった慌ただしい日々が続いた一方で、今年は、幸いにして出征しなければならないという事態は起こらなかった。


 エドゥアルドは帝国議会の運営や、諸外国との外交、国内の行政、そして共和国との決着をつけるための準備で忙しくしており、メイドもそれを精一杯支えるために多くの仕事をこなしている。

 主君が政治に専念できているのは、彼女の働きが土台としてあるからだ。

 それでも、今年は多くの時間を二人で一緒に過ごすことができた。

 しかも、いつあの青年が凶弾を受け倒れるかもしれないと、そう心配せずとも良かった。


 やりがいの感じられる任務もこなせた。

 国家宰相・ルドルフの依頼によって関わった、帝国軍のためのレーションづくり。

 料理の試作で苦労させられたが、月日が過ぎ、冬も到来する時期になると、生産ラインが形になり多くの缶詰がそこから生み出されるまでになった。


 記念にとサンプルをいくつかもらって試食してみたのだが、出来栄えに文句はない。

 自分が考案した味付けをできる限り再現してもらえていたし、開くのには苦労させられるが、長期保存ができると考えれば苦にならない。

 自身を模したのだというメイドのロゴが刻印されているのを見ると少しこそばゆい心地がしたが、同時に、誇らしくもあった。

 これから自身の手がけた缶詰が、大勢の胃袋を満たすことになるのだ。


 缶詰は、軍用としての用途がメインで、現在生産が進められている先行量産品は優先的に軍の備蓄に回されているが、将来的には民間の口にも入る。

 日常的に気軽に取れる食事として。

 あるいは、災害などの非常時のかてとして。

 人々の支えになるのだと思うと、嬉しい気持ちになる。


 試食会で指摘された容器の問題については、引き続き、オズヴァルトのヘルシャフト重工業で改良が行われている。

 いつかきっと、便利になった缶詰が、帝国だけでなく世界中に広がっていくことだろう。


(なんだか、夢のよう)


 スラムにいたころには想像もしなかった世界を、ルーシェは生きている。


 夢のよう、といえば、エドゥアルドとの日々がまさにそうだ。


 貴族で、高貴な血筋で。

 自分のような貧しい出身の、素性も知れない娘には遠かった人が。


 それでも、ルーシェがいいと、そう言ってくれた。

 そして彼なりに、精一杯に気づかい、楽しいことがあれば一緒に笑い、悲しいことがあれば寄りそってくれる。


 愛してくれている。


 決してつかむことはできないと、そう諦めていた幸福。

 ルーシェにとってそれは今、確かに実在するものだった。


 いつまでも、こんな時間が続けばいいのに———。

 そう願わずにはいられない。


 だが、夢ばかりを見ていられるわけではない。


「もうすぐ、天気が荒れそうです……」


 ホテル・ベルンシュタインのエドゥアルドの部屋の窓の掃除をしていたルーシェは、ガラス越しに見える空がどんよりと曇り始めて来たのを見て、そう呟いていた。


 冬の雲は、なんというか。

 見ているだけで寒々しい心地になって来るような、そんな色合いをしている。

 同じ厚い雲であっても、夏場に見るそれは、もっと瑞々しく、温度があるが、冬のそれは凍てついている。

 きっと、雪が降るのだろう。


 この天候と、一緒だ。

 穏やかで幸せな時間ばかりが続くわけではない。


 エドゥアルドがなぜ忙しくしているのか。

 常に身近にいるルーシェは、直接彼の仕事に参加することは無くても、よく知っている。


 アルエット共和国との戦争。

 これに、決着をつける。

 そのための大規模な軍事行動の計画を練っている。


 おそらくは、早ければ来年にも作戦は発動されるだろう。

 過去に例のないほど、大規模な戦いになるはずだ。


 そして当然のように、エドゥアルドは従軍し、場合によっては前線に立つ。

 彼は自身の軍事的な才能を高く評価してはいないから、自らの手で軍を指揮しようと考えているわけではない。

 己が下す命令によって多くの犠牲が生じるということを自覚しており、自分だけが後方に居て安全を確保する、というのを、後ろ暗く感じているからだ。


 彼は、若い。

 純粋な正義感を持っており、そしてなにより、卑怯者になりたくないという矜持きょうじがある。


 それは、青年の美点だった。

 少なくとも権力を濫用らんようし、無暗に武力を用いて人々を苦境に陥れるようなことはしないだろう。


 そういうところがルーシェは好きだったが、———やはり、心配でたまらない。

 戦場に立つ、ということは、いつ、敵弾を受け、怪我をしたり、命を奪われたりするか分からないからだ。


 そうなることを想像すると、それだけで。

 胸の奥がズキズキと痛み出す。


(もう、これっきりにならないかしら)


 戦争が必要なこともある。

 それは、理解しているつもりだ。


 だが、ルーシェはそう思わずにはいられなかった。


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