・20-22 第393話:「戦争を終わらせるための戦争:1」
・20-22 第393話:「戦争を終わらせるための戦争:1」
アルエット共和国との戦争状態に入ってから、いったい、何年の時が経ったのだろうか。
最初は、王政を打倒した革命政権への介入を目的として、帝国と、それと同盟を結んだバ・メール王国が示し合わせて、先に仕掛けた。
だが、杜撰な作戦計画であったことと、敵将・ムナール将軍の手腕により、ラパン・トルチェの会戦で大敗。
戦争は長期化することとなった。
エドゥアルドがノルトハーフェン公爵になってまだ間もない、十代の少年であった頃の話だ。
それからいくつもの戦いを経て情勢は変化し、いよいよ、両国の対立に終止符を打つ機会が訪れようとしている。
こちらが先に侵攻を行った。
代皇帝はそのことをよく記憶しており、自覚してもいたが、共和国ではなく、帝国にとって望ましい形での幕引きを考えている。
彼は代理という形ではあったが国家元首であり、自国のことを優先するのは当然のことだったし、諸侯も国民もそれを求めている。
大勢を従える、ということは、単に彼らに命令をする権利を得る、というだけではない。
その利益を最大限に叶える、少なくともそれを目指す必要がある。
さもなければ、無能の烙印を押され、皇帝といえども後退させられてしまうだろう。
タウゼント帝国の[皇帝]とは絶対の存在などではなく、そういうものであるからだ。
帝国にとって、理想的な[戦後]とはなにか。
これまでの経緯から、エドゥアルドの中でその姿は概ね、固まりつつある。
産業革命の効果を享受し、過去よりも遥かに豊かになっているだろう。
工場では多くの製品が作られ、国中に張り巡らされた鉄道で縦横に運ばれて人々の手に届き、あるいは、船舶などを通じて国外にも広く輸出される。
そうした経済活動の下で、人々は繁栄し、貧しさに苦しむ者はいなくなる。
こういった物質的な面だけでは、[良い国]とは言えないだろう。
産業化を進める過程で、ちらほらと聞こえるようになって来ている。
蒸気機関を多用することで発生する煤煙による公害や、鉱物資源の乱開発による土壌の汚染。
それらによる健康被害。
いくら物質的に満たされていても、命が脅かされているのでは、それは、良い国とは言えない。
順に対策を講じ、被害を無くしていかなければならないだろう。
また、貧富の格差についても取り組まなければならない。
産業の発達の恩恵をもっとも強く受けているのは、いわゆる資本家たち。
彼らはビジネスに精を出すかたわら、多くの利潤を得て贅沢な生活を送っている。
それを悪いことだとは言わない。
彼らは彼らで苦労をしているし、その資本力は国家の発展の原動力ともなっている。
だが、その一方で。
農村部から都市部に流入し、工場で雇われている労働者などは、劣悪な環境にさらされているとも報告を受けている。
工場の排煙の汚染にさらされている以外にも、労働力の供給過多が原因となって買い叩かれ、低い給料で働かされていたり、都市部では人口の急拡大に住居やインフラの整備が追い付かず、まともな住環境が保たれていなかったりする、など。
これは、先に産業化が始まったイーンスラ王国などでも顕著な問題なのだという。
エドゥアルドの理想は、かつてのルーシェのような貧困層の無い、それが不可能だとしても、最少化できる国家だ。
だから、こういった点は無視できない。
利益を追求するだけではなく、社会福祉、という概念も取り入れていかなければならない。
そのために、議会は大きく役立つだろう。
平民の生の声を直接国政に取り入れる。
そういう目的で帝国に取り入れた制度であるのだから、そうなってもらわなければ困る。
強力な経済と、人々の生活を支える社会制度の導入。
それらによって栄える国家は、刷新された帝国軍が堅固に防衛する。
徴兵制の導入により、大量の予備役をストックし、戦時になれば百万を超える大軍を迅速に展開する能力を持ち、各種の後装式兵器を装備した、大陸最強となるはずの軍隊。
その威力によって、帝国と、そこに暮らす人々は守られる。
こういった武力は、使われないのが理想ではある。
経済的な負担や、道徳的な面など、あれこれと理屈を並べることはできるが。
結局は、人が傷つき、犠牲になる、その点だけで、戦争を忌避するのには十分だ。
そう信じていても、エドゥアルドは命令しなければならない立場にいる。
将来、帝国を脅かす敵があらわれれば、それを振り払うために。
そして今は、共和国に勝利し、理想的な戦後世界を形作る条件を作るために。
戦争を終わらせるための戦争を、しなければならない。
ムナール将軍が[栄転]し、こちらでいえば陸軍大臣に相当するポストに移動になったことで、エドゥアルドはアルエット共和国に対する全面侵攻作戦の本格的な検討を始めるようにアントン参謀総長に依頼した。
現状で投入できる、帝国軍のほぼ全軍が差し向けられることになるだろう。
代皇帝の意思で動かすことができる、皇帝直轄領で編制された徴兵制による帝国陸軍だけではなく、諸侯の軍勢もすべて招集し、国境を踏み越える。
そして敵の抵抗力を粉砕し、降伏に至らせ、こちらが示す条件をすべて飲み込ませる。
外交の延長として戦争がある、とされることがあるが、それは、こうした強制性を発揮できることに由来している。
話し合いでは決着がつかなくとも、武力によって無理矢理従わせれば、すべてを解決することができる。
弱肉強食。
理性的とは言い難い思想だったが、これまで、人類社会では何度も繰り返されて来た行為だ。
そして、あちらは共和制、こちらは君主制と、相反する政体を持っている以上は、武力によって白黒つける以外には妥協の余地はないように見える。
(できれば。
戦うのは、これを最後にしたいな)
年齢にしては従軍した経験は多い方だろうという自覚のあるエドゥアルドは、建前ではなく、本心からそう思わずにはいられない。
戦争に絶対に勝てる、などとは考えられなかったし、なにより、彼の心は、兵士たちの犠牲に対して無頓着にはなりきれなかった。
参謀本部において、ヴィルヘルムの諜報組織が得た情報に基づいて作戦計画の立案が進められる一方で。
エドゥアルドは同盟国との交渉を行い、連携する準備を整えていった。




