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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第二十章:「道筋」

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・20-19 第390話:「水面下:2」

・20-19 第390話:「水面下:2」


 フルゴル王国から兵力を引き上げることができていないし、今は、議会を始め、国内のことで忙しい。

 バ・メール王国臨時政府からの出兵要請をそういう言葉ではぐらかし、エドゥアルドは絶対にアルエット共和国に勝利できる、という確信を得られる時を待っている。


 しかし、厄介な問題が起こった。

 臨時政府の外務大臣・サイモン伯爵が、手紙では帝国は動いてくれないということで、直談判をしに乗り込んで来たのだ。

 ウゼント帝国の建国歴千百三十九年の六月の、初めのことだった。


「まだ帝国議会が続いているので、時間を取れる時まで待っていただきたい」

「もちろん、お待ち申し上げましょう。

 わたくしは待つのには慣れております」


 エドゥアルドはせめてムナール将軍を更迭させる策略の成否が見えるまでは、と思い、ここでも回答を引き延ばそうとこう伝えたのだが、サイモン伯爵はそういった反応を予期していたのか平然としていた。

 そして一言、つけ加える。


「ただ、誠に恐縮ではございますが、わたくしは良くても、臨時政府の方が良くないかもしれませぬ」

「それは、どういうことでしょうか? 」

「我が政府の首班、カレル・エタン公爵のお加減が、よろしくないのでございます」


 バ・メール王国臨時政府は、亡くなった国王・アンペール二世の遺児を正式な次の国家元首として迎えようと画策している。

 カレル・エタン公爵は先々代の国王、アンペール二世の父親の、その弟にあたる人物で、その齢は七十歳代と高齢。

 まだ幼い王子の後見人という立場で臨時政府の代表を務めているのだが、———その具合がよくない、という。


「元々お年を召しておられました上に、長期間に渡る亡命生活、そして、共和国に連れ去られたままとなっているステファン王子を思う心労がたたったのでございましょう……」

「そ、そんなに、お加減が悪いのですか? 」

「イーンスラ王国の王家のご厚意で最高の医師の診察を受けておりますから、すぐにどうこう、ということはございませんでしょう。

 ただ、あまり長くは待てないかもしれませぬ」


 エドゥアルドは同情せざるを得なかった。


 若くて元気な者であっても、いつかは衰え、老いる。

 そして、自身の寿命が尽きるのが近いと肌で感じるようになると、焦燥感が募り始める。

 まだやり残したことがある。

 やらなければならないことがある。

 それなのに。

 己の身体は言うことを聞いてはくれず、周囲の状況も思い通りにはならない。


 まだ若い代皇帝には想像するしかないことではあったが、目頭を押さえながら情感たっぷりに言上するサイモン伯爵の姿を見ていると、文字通り老体にむちを打ち、必死に歯を食いしばって祖国奪還の執念を燃やしている老人の姿をありありと思い浮かべることができた。


「お話は承知いたしました。

 帝国としても、同盟国に対してお約束したことはきちんと履行したく思います。

 近々、より具体的なお話をさせていただくので、どうか、もうしばらくお時間を頂戴したい。

 重臣らにはかってみましょう」

「感謝申し上げます、代皇帝陛下! 」


 感極まって声が裏返るサイモン伯爵のその姿には、故国を思う赤心が見て取れた。


 ———という話を、後でブレーンのヴィルヘルムにしたところ。


「それは、うまく言質をとられてしまいましたな」


 そう呆れられてしまった。

 表情こそいつも通り変わっていない、そのことが不気味なほどだったが、瞳の奥底になんとなく(ああ、陛下はお若く、清純だ)と、感心するような、憐れむような気配が浮かんだのをエドゥアルドは見逃さない。

 長いつき合いだ。

 いつも同じ柔和な笑顔を仮面のように貼り付けていても、その裏にある感情を多少は見抜ける。


 少しムッとした。


「しかし、カレル公爵のお加減が悪いというのだ。

 高齢のことでもあるし、心配するのは当然ではないか」

「そのことでございます」

「……。

 まさか」

「はい。

 カレル公爵は、すこぶるご健康でございます。

 食欲も旺盛おうせいで、イーンスラ王国の政治家との会合に参加したり、貴族たちと狩猟に出かけたりと、精力的に活動されていると、そう聞いております」


 タウゼント帝国が構築した諜報網を通して入手した報告と、サイモン伯爵の言っていたことは、ずいぶんと違う。


「うまく乗せられた、ということか」


 すべて、こちらの同情心を喚起するための、巧妙な演出であったのだ。

 そう理解したエドゥアルドはふてくされてそっぽを向きながら頬杖を突き、チっ、と舌打ちをする。


「サイモン伯爵。

 なかなか、やる」

「文字通り、命がけでございましょうから」


 そう言われると、憎む気持ちにはなれない。


 彼は祖国奪還を大望として抱いているが、そのためには帝国の力を借りなければならない。

 自らには何の力も残されてはいないのだから。

 そのためには、何でもする。

 俳優顔負けの名演技だってするし、涙だって自由自在に操って見せる。


 肝のすわった男だ。

 目的のために、自分という存在は捨て、なりふり構わず食らいついて来る。


「……僕は、色よい返事を用意すると約束してしまったのです。

 たばかられたとはいえ、そう口にした以上は、反古にはできないでしょう。

 代皇帝の言葉というのは、それほど軽いものではないはずです。

 ヴィルヘルム殿。

 いったい、どうすればよいと思いますか? 」

「我らがどのような取り組みをしているか、それを、お話し申し上げる他はないでしょう」


 困り顔で請われると、代皇帝のブレーンはうなずき、答える。


「バ・メール王国のために戦う。

 これ自体は、既定路線でございますから、いつか出兵することには変わりがございません。

 問題は、時期でございます。

 臨時政府の方々にお待ちいただけるよう、こちらも準備を進めていることを明らかにし、計画の一端を明かして、協力していただくようにいたしましょう」

「ムナール将軍を失脚させる、策略のことですね……。

 しかし、サイモン伯爵に話してしまっても大丈夫なのでしょうか? 」


 こういった陰謀を実施していることは、帝国でも一部の者しか知らない。

 秘密というのは、知っている人数が増える程、漏洩ろうえいする危険が大きくなるからだ。

 同盟者とはいえ、サイモン伯爵にも知らせてしまっては、危険は大きくなる。

 そして敵がこの企みを知ったら、確実に作戦は失敗してしまうだろう。


「その点は、絶対、とは申しませんが、サイモン伯爵であれば大丈夫でございましょう。

 彼は祖国のためならば、粗食にも耐え、ぼろ切れをまとうことになっても折れない、そんなお人でございますから」

「……そうでしたね」


 その指摘に、エドゥアルドは微笑む。

 サイモン伯爵と初めて出会った時のことを思い出し、少し懐かしかったからだ。


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