・20-17 第388話:「メイド印」
・20-17 第388話:「メイド印」
缶詰をレーションとして採用する。
これは既定路線であったから、試食会で具体的なメニューが決まる以前から、量産化に向けた準備が始められていた。
国家宰相のルドルフはこの計画に並々ならぬ熱意をもって臨んでいたから、国主導で大量生産に向けた体制作りが行われている。
缶詰の容器の開発は、オズヴァルトのヘルシャフト重工業によって行われ、その生産についても同社がメインとなる予定だったが、必要な場合は他社でも製造を行えるように、特許などの権利関係の整理や折衝が実施され、一社だけではなく複数の企業で並行して増産できる構造を作り上げた。
そしてこの容器は、実際に食材を調理して封入する別会社に送り出され、多種類の缶詰が、立地する場所も規模も様々な工場で製造される。
これは、戦時に急遽調達数を増やさなければならない場合に、事業に参入できる対象を増やし、短期間での大量発注に対応できるようにしようと、意識して作られた仕組みだ。
一社に任せきりにするのではなく、他社にも柔軟に生産に加わってもらえるようにする。
アルエット共和国との決戦に備えてできるだけ早期に缶詰を実戦配備するため、こういった、これまでにない体制づくりが行われた。
これらの取り組みを行う中で浮かび上がって来た問題は、品質の管理をどうするのか、という点だった。
例えば、缶詰の容器。
オズヴァルトと契約を結び、生産に参入する会社には実物のサンプルが送られるのと同時に、製造方法も公開されることになっているのだが、実際に出来上がって来たものは見本とは微妙に異なっていた。
というのは、各社ごとに使用している生産設備が異なっているため、まったく同じものを作ろうとしてもうまくできない場合が多かったのだ。
このままでは、複数企業に並行して生産させて、大量供給を実現したいという目的を達成できない。
サイズの微妙に大きい缶詰、小さい缶詰というのが混在していては、兵士たちの間でそれを受け取る際に不公平感が生じてしまうし、運ぶ際にも、同じ木箱を使っているのに入る量が違う、といったことが起き、補給業務に混乱が広がりかねない。
封入される料理についてもばらつきが大きかった。
手に入る食材や調理する者の腕、使用する設備などの差で、味が変わって来る。
ある工場で生産されたものは美味しいが、別の所は不味い、などということが起こりかねず、不味いものを支給された兵の士気は当然、低下し、戦闘能力の発揮に支障が出る恐れがある。
そういった事態の解決法として、帝国軍は、缶詰の生産について一定の規格を設け、製品を受領する際に担当の者を定めて立ち合い検査を実施し、品質を管理するという手法をとることとした。
容器に関しては、外径と内径の最大値と最小値を設け、高さなどの寸法も指定して、どの企業が生産したものであっても同じ木箱に同じ数が積めて、中身の分量も一定になるようにする。
検査官は納品される商品に対して抜き打ちでチェックを行い、この規定通りの形状になっているかを確かめ、合格したものだけを受領し、実際に料理を封入する企業へと出荷させる。
中身についても、ルーシェが考案したレシピをできるだけ再現させるべく徹底した。
使用する食材の種類や加工の仕方を取り決めて定め、調味料の量などもグラム単位で図って指定し、煮込み時間や焼き具合、火加減なども細かく指示する。
そしてこれも同様に、納品される際に検査官が抜き出して試食を行い、合格したものだけを軍で受領することとした。
すべてが異例と言ってよかった。
具体的に数値を明記してそれに合った形のものを生産させるという取り組みは、少なくともタウゼント帝国ではこれまで行われたことがない。
とはいえ、規格、といっても、互換性があるわけではなかった。
ある会社で作った容器に、別の企業で作られた蓋を合わせようとしても、うまくできないことがほとんどだ。
合致するとしてもそれは偶然に過ぎない。
あくまで一定の機能を満たした製品だけを受領できるように、ルールを定めた、といったところだろうか。
こういった体制の下で、タウゼント帝国における缶詰の生産が始まった。
容器の改良は難航し、当面の間はハンマーで叩きながらはんだ付けをし、開く際にはナイフなどでこじ開けねばならないという不便なままではあったが、瓶詰めよりも軽量で、長持ちする食料として、軍用だけにとどまらず、冒険家の携行食料として、そして民間における非常食として、何年もかけて徐々に普及していった。
軍においては、好評だった。
まずいくつかの連隊が指定されて試験運用がされたのだが、携行しやすく長期保存が可能で、しかも種類が豊富で美味しい、ということから、真新しさもあって歓迎された。
そして、タウゼント帝国軍にレーションとして納入される缶詰には、その内容物の種類を示す刻印と共に、国家宰相のルドルフの強い意向で、ある模様が印刷されていた。
メイド服を着た女性を横から見た、シルエットだけの姿。
料理の開発を行ったルーシェをモデルとした意匠だった。
この缶詰は後に、アルエット共和国との戦いで大量に使用され、多くの兵士たちの食を支えただけではなく、その後、余剰となったものが民間の市場にも(意図して)放出されたことから、[メイド印の缶詰]として知られるようになり。
その味わいを作り出した一人の女性の存在も、段々と、好意的な広まり方を見せて行った。




