・20-14 第385話:「レーション:2」
・20-14 第385話:「レーション:2」
メイドのルーシェには、身近なところに多くの軍人がいた。
エドゥアルドの行動を常に支えているから、参謀総長のアントンを始め、地位の高い将校クラスにも知り合いが多い。
しかし、レーションを開発するのに当たって、考慮するべきは実際に前線に出る、末端の兵士たちだった。
高級将校たちは軍隊の配給体制から外れた存在で、彼らの自腹ではあったが、コックを雇い、食材を用意して、食べたいものを食べることが許されている。
つまり缶詰を食べる機会は少ない、ということで、小銃を担いで行軍をするような末端の兵の意見こそ取り入れるべきものだった。
幸い、ルーシェにはそういった兵士たちの知り合いもいた。
エドゥアルドの親衛隊の者たちだ。
彼らは代皇帝の、ではなく、ノルトハーフェン公爵の兵だった。
公国時代から主君の身辺を守るために従事する一個中隊程度の集団で、代理であって皇帝ではないエドゥアルドは国家元首の警護組織である近衛を制度上は使えないことになっているから、わざわざ公国から呼び寄せて護衛をお願いしている。
軍人の中でも、特につき合いの長い人々だ。
親衛隊の前身は、代皇帝がまだノルトハーフェン公爵としての実権さえ掌握できていなかった、一部から[スズメ公爵]などと呼ばれていた時代に、彼の身辺を守った兵士たちだから、メイドとも面識がある。
メンバーの入れ替えなどは度々あったが、その多くは今でも顔見知りで、親しく雑談などをする相手だった。
この人たちであれば、話を聞きやすい。
ルーシェは親衛隊の隊長を務めているミヒャエル大尉に相談して許可をもらうと、さっそく、アンケートをとって回った。
不思議なことに、自分が新しいレーションのメニュー開発に携わることになったという経緯を伝え、「従軍した際に食べられたら嬉しいものは何ですか? 」とたずねると、第一声の返答はほとんど同じものだった。
「ルーシェさんが考えてくれたものなら、なんでも」
なんでもいい。
そういう返答が、食事のメニューを考える時に一番困るのだ。
「なんでもいい、では、参考にできないではないですか!
もうちょっとこう、詳しく。
みなさんの好物とかでもかまいませんから」
少し憮然として再度たずねると、ようやく、具体的な返答が返って来た。
牛肉のシュニッツェル(牛肉を叩いて薄くのばし、パン粉をつけ、バターかラードで揚げ焼きにした料理。牛肉以外もある)。
マウルタッシェ(平たくのばしたパスタ生地の中にハーブや香辛料で風味付けをした挽肉や野菜を一緒に詰め込んだ郷土料理)。
アイスバイン(塩漬けにした豚肉を玉ねぎやセロリといった香味野菜や香辛料と一緒に何時間もかけてじっくりと煮込んだ料理)。
シュバイネハクセ(豚肉のすね肉をじっくりと皮がパリパリになるまでローストし、ホースラディッシュやマスタード、唐辛子を添えて提供される料理)。
ザウアーブラーテン(赤ワインや香辛料、調味液を混ぜた酢で酢漬にした牛肉などの肉類をじっくりと蒸し焼きにした料理)。
それと、タウゼント帝国では日常的に食べられている、各種のソーセージ。
(お肉が……!
お肉が、多い! )
なんとなくそうなるという予想はついていた。
大抵の帝国人は肉料理が大好きで、軍事行動中でもできれば口にしたがる。
兵士たち差し入れなどを行った経験から言っても。
料理の中に少しでも大きな肉の塊が入っていると、皆、嬉しそうな顔をする。
ノルトハーフェン公国は海に面している地域だったから、魚料理のリクエストも多いだろうと思っていたのだが、意外と少なかった。
独特の臭みなどがあるし、お祝い事などの際に食べる晴れの料理というイメージが肉料理にはあるから、贅沢を言っていいならそちらを食べたい、というところなのかもしれない。
少数だったが、砂糖などを使った甘い菓子を要望する兵士もいた。
そういう時は大抵、少し気恥ずかしそうにしている。
「男が、甘いモノなんて……」と、言い出しにくく思っている者が多いようだ。
だとすると。
もしかすると、甘いものも食べたい、と、本心では思っている兵は、けっこう多いのかもしれない。
段々と、これから用意するメニューが見えて来た。
「肉料理は、必須です」
まず、これは確定だ。
あれだけたくさんリクエストされたのだから、みんなが食べたがるはずだ。
衣のサクサクとした食感や香ばしさが美味しさにつながっている料理や、皮のパリパリ感が楽しいタイプのメニューは、実現するのは難しいだろう。
缶詰にすれば腐ることはないが、長期間保存するとどうしても食感は損なわれてしまう。
だが、煮込み料理や、蒸し料理ならば。
缶詰との相性は良いはずだ。
日常的な食事過ぎて要望にはなかったが、シチューやアイントプフなどであれば一度に大量生産できるし、レーションにするのに都合がいい。
また、ローストするという調理法を使ったものなら、食感は無理でも、香ばしさは残すことができるかもしれない。
これらに。
あって当たり前だから誰も言わなかったが、主食となるものをつけ加えれば、ひとまず食事らしいものは完成する。
後は、甘いもの。
あまり大きな声では主張されなかったが、それを言う際に気恥ずかしそうにしていた兵士たちの様子から、表立って口にするのが男性の心理として憚られるだけで、需要は多くありそうなのだ。
これらはメインの食事にはなり得ないだろうが、間食、嗜好品として取り入れたら、喜ばれるのに違いない。
シュトーレンなど、缶詰にしなくとも日持ちがする種類もあるから、献立に組み込みやすかった。
こうして。
メイドとしてエドゥアルドのために働く一方、空いた時間はレーションの試作と、ルーシェは一生懸命に通り組んで。
驚くべきことに、数種類の主食と二十一種類のメイン料理を組み合わせた食事と、いくつかの菓子、という、豊富なバリエーションが誕生していた。




