・20-13 第384話:「レーション:1」
・20-13 第384話:「レーション:1」
新しいレーションを作る。
それは国家宰相・ルドルフが一人で言い出したわけではなく、帝国の軍部の中でそういう要望があがり、それを拾って、少々別のことにも役立てようと企てた、というのが実際の形に近い。
きっかけは、半島戦役で発見されたアルエット共和国軍の糧食。
瓶詰めだった。
そういったものがある、というのは以前から伝え聞いていたが、戦場で実物を大量に確保でき、それが本当に長期保存可能で軍隊の携行食料としての高い適性を持つと判明したことから、自国でも同等のものを開発しようという機運が高まった。
半島戦役の間、鹵獲品の瓶詰めを口にした将兵も数多い。
総じて保存状態は良好で、変な臭いさえしなければ食べても食中毒などは起きなかったし、味も作戦中の行動食としては十分という評判だ。
ただ、容器がガラス瓶なので割れやすく重い、という欠点も指摘され、こちらは金属の缶を採用して、新規に開発することとされた。
タウゼント帝国軍のために、レーションの開発を手掛けて欲しい。
そう依頼された時、ルーシェは戸惑っていた。
「え?
私が、で、ございますか? 」
「そうなんだ。
代皇帝陛下によると、ルーシェ殿は実に料理が得意であるらしい。
その腕前を是非とも借りたいんだ」
「え、エドゥアルドさまが、で、ございますか?
うへへ……」
自分に話を持ってきた国家宰相のルドルフから、エドゥアルドが自身の料理を喜んで食べてくれていると聞いて思わず頬が緩む。
すぐにそれに気づいたルーシェはハッとなって居住まいを正していた。
「お、お話は分かりました!
で、ですが。
私なんかで良いのでしょうか?
世の中には専門の料理人の方がたくさんいらっしゃると思うのですけれど」
「ルーシェ殿。
貴方は、シュペルリング・ヴィラで、当時の公爵殿下の警護についていた兵士たちに食事の差し入れをしていたことを覚えているでしょう? 」
「は、はい。
もちろんです」
「その時、貴方の料理の腕前は、今ほどではなかった。
それでも受け取った兵士たちはみな、喜んでいたのは、何故だと思う?
ルーシェ殿。
貴方の作ったものが、外行きの格式ばったレストランの特別な料理ではなく、ありふれた、内側の、家族の味だったからだ。
だから、私はぜひ、貴方に帝国軍の将来を担うレーションを作ってもらいたい」
そう述べるルドルフの言葉には強い確信のようなものがあった。
ルーシェに頼めば、必ず、将兵が満足する内容が作れる。
そう思っているらしい。
「わかりました。
できる限り、やってみます! 」
ここまで頼ってもらえたのだ。
嬉しくなったルーシェは、この話を引き受けることにした。
とはいえ。
彼女が今までに作ったことがあるのは、エドゥアルドという個人に食べてもらうための料理が主なものであり、帝国軍の数十万の将兵という不特定多数のための食事、というのは経験がない。
よく知った相手のことであれば、好みや食べる量なども分かっているので献立を作りやすいのだが、対象を特定できないのでは、具体的な献立のイメージがしにくい。
そこでまず、ルーシェは、現在の帝国軍で配給されている食事の内容について整理することにした。
タウゼント帝国軍においては、一日にパン七百五十グラム、肉もしくはチーズ二百グラムに加え、いくらかの油脂類、数十グラムのナッツ類やドライフルーツなど、そして百ミリリットルの蒸留酒(主にウイスキー)、もしくは五百ミリリットルのビールが支給されることになっている。
食料の供給事情などにより、パンの一部がジャガイモになったり、どこかが入れ替わったり欠けたり増えたりするが、長距離を行軍し、戦闘も行う兵士たちの体力を維持できるよう、できる限りの措置が取られている。
「むぅ……。
これでは、なんだか身体にあまりよくなさそうな気がするのです」
とにかく、空腹を満たし、軍事行動を実施する間だけ動き続けられればいい。
現在のレーションはそういう考え方に基づいているような印象を撃受け、ルーシェは心配になった。
お腹がいっぱいになるまで食べられる。
その尊さを、幼い時にスラムで過ごし、常に飢えと背中合わせだった彼女は、よく知っている。
だが、どうせ自分の手で作るのなら。
より美味しくて食べるたびに幸せになり、それでいて、身体にも良いものであるべきだと思う。
せっかく、ルドルフが期待して、自分を名指ししてくれているのだ。
それに応えたいと思った。
———栄養学、という学問が体系的に生まれるのは、もっとずっと後の時代、百年ほども経ってのことだ。
だからルーシェにはカロリーもたんぱく質も脂質も糖質も、ビタミンといった概念さえなかったが、偏った食事を摂り続けるのは身体によくないというのは経験則で知っている。
例えば、船乗りたち。
長い航海に出る間、保存食ばかりの食生活になると、壊血病という病気が流行った。
そしてこれを防ぐためには、新鮮な果物や野菜などを食べなければならない。
タウゼント帝国ではキャベツを塩漬けにして乳酸発酵させたザワークラウトが利用されていたし、イーンスラ王国などではライムなどをよく使い、このためにその水兵たちは俗に[ライミ―]などと呼ばれることもあるはずだ。
ローレンツ提督からその話を聞かされた時はただ「面白い! 」としか思わなかったが、これは長年、多くの犠牲を生みながら積み重ねられてきた実体験。
貴重な教訓だった。
これは、陸においても同じはずだ。
軍事行動が長期化して来ると、現在支給されているようなバリエーションの乏しい食事を続けていては、体調の悪化を招くことになるだろう。
結局、缶詰も保存食に過ぎないのだから、新鮮な食材が手に入らないのならば結果は同じなのかもしれない。
しかしできるだけいろいろな食材を使って様々なメニューを開発し、変化に富んだ食生活を送れるようにすることで、なんとか壊血病のような病を防止できないかとルーシェは考えた。
そうして基本方針を決めると、彼女は、兵士たちに「どのようなものを食べられたら嬉しいか」を聞いてみることにした。
様々な料理を缶詰にするにしろ、それらは、前線で戦う者たちが食べたいと思うものであるべきだと、そう思ったからだった。




