・20-12 第383話:「道筋」
・20-12 第383話:「道筋」
ノルトハーフェン公国の大商人が無事に缶詰の容器の開発を引き受け、さっそく仕事に取り掛かるために向かって行くその後ろ姿を見送った後。
「ふふ……。
これで、良い」
ルドルフは満足そうな笑顔でそう呟くと、安堵したように椅子の背もたれに自身の身体を深く預けていた。
「あの、旦那様」
テーブルの上の料理を片付けながら。
執事のコンラートが、不思議そうな視線を向けている。
「なぜ、ルーシェ殿なのでございますか? 」
疑問だった。
世の中には調理を専門とし、職業として生きている人々が幾人もいるし、中には名の知られた者もいる。
兵士に少しでも美味しいものを食べさせたい、というのなら、まずそういった人々に声をかけるべきだろう。
そうでなくとも、食品を扱っている企業はたくさんあるのだから、そういったところに依頼した方が早いのではないだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
「これはね。
道筋をつけるためなんだ」
互いによく知った相手どうし。
少しリラックスした様子で口調がくだけたものになったルドルフは、両肘をテーブルにつき、顔の前で両手を組み合わせてやや前かがみの姿勢をとりながら答える。
その視線は、真剣なものだった。
「代皇帝陛下と、ルーシェ殿が想いあっているのは、お前も知っているだろう? 」
「はい、旦那様。
ついつい、若さというのが羨ましくなってしまうほどでございます」
「私は、二人の幸せを願っている。
それが私の成すべきこと、成さなければならないことだと、そう信じている。
だが、———あまりにも障害が多い」
一方は、ノルトハーフェン公爵、代皇帝。
もう一方は、素性も知れないメイド。
これほどの身分差がある二人。
常識で言えば、決して結ばれることはないだろう。
本人たちがどれほどそれを望んだとしても、世間が許さない。
「私はね、ルーシェ殿の前を遮るものを取り除きたい。
彼女のために道を作りたいんだ」
「兵士たちのための携行糧食を作っていただくことが、それにつながると? 」
「そうだ」
ルドルフは力強く肯定する。
「これからどう頑張ったとしても。
貴族たちは、陛下とメイドの婚姻など認めてはくれないだろう。
だが、平民たちなら。
今、この国は新しい形に生まれ代わろうとしている。
その息吹を多くの者が感じ始めている。
うまくすれば、この機運に乗って、二人が国民から祝福されるようにできるかもしれない」
「なるほど……?
ええと、つまり? 」
「まずは、ルーシェ殿の存在を人々に知ってもらわなければならない」
言葉に、鬼気迫るものが混ざる。
これを実現しなければならない。
絶対に、確実に、成し遂げる。
そういう決意が、凄みが、ルドルフの全身から滲み出ているようだった。
「あの子がどれほど陛下のために献身しているか、私達は知っているが、世の中の人々は知らない。
なぜなら、あの子はメイドで、表舞台には出て来ることがないからだ。
従軍し、一人でも多くの負傷兵を救うために尽力していることも、時折重要なアイデアを私たちに与え、この国をより良い方向に導く手助けをしてくれていることも。
国民の多くは、知らない。
だから、まずは彼女のことを知ってもらう」
「分かりましたぞ! 」
コンラートは嬉しそうに膝を打った。
「携行糧食として兵士たちが用いる缶詰を、ルーシェ殿が作った。
それは、兵士たちはみな、知るところとなりましょう。
そして彼らが故郷に帰った際に、周囲の人々にもそのことが知れる。
そうなれば、ルーシェ殿の名が世に出てきた際に、皆が「ああ、あのルーシェ! 」と気づきましょう。
旦那様の狙いは、そういうところにあるのでございますな? 」
「さすがだな、コンラート」
以心伝心。
気心の知れた相手というのには、すべてを口にせずとも、きちんと理解してもらえるという心地よさがある。
要するにルーシェのプロデュース作戦だった。
もし二人が結ばれるのだとして、急にどこの馬の骨とも分からない娘が代皇帝の相手だ、などとなれば、「あれは、誰だ? 」と皆が戸惑い、受け入れてもらいにくくなるだろう。
だが、すでに広く認知されていれば。
反応は「ああ、あのルーシェ! 」となって、ずっと受け入れられやすくなる。
(問題は、出来栄えの方だ……)
ルドルフが描いた、ルーシェを帝国の人々に知ってもらい、エドゥアルドとの関係を肯定的に受け入れてもらう、その下地を作るという道筋。
それを実現するためには、懸念点もある。
缶詰が美味しくないと、話にならないのだ。
もしそれが不味かったら。
兵士たちが語るルーシェへの印象は、その不快感とセットになって語られてしまう。
マイナスのイメージが染み付いてしまう。
だから、絶対に、美味しい缶詰を完成させなければならない。
ルーシェはメキメキと料理の腕前を身に着けているから、料理そのものに不安はなかった。
ほっとする家庭的な味。
荒んだ戦場ではなによりも心に染みる、ありがたみさえ感じる魅力がある。
だが。
容器を金属化したことで鉄錆びの味が混じる、などということがあれば、その良さはまったく伝わらない。
兵士たちは不味いものを食わされたと不平を言い、ルーシェのことも悪く思うようになるだろう。
だから、これから開発され、タウゼント帝国軍の全軍に支給される缶詰は、美味しくなければならない。
(オズヴァルト殿には申し訳ないが。
厳しく吟味させてもらおう)
なにしろ、若い二人がこれから、幸福な生涯を送ることができるかどうかがかかっている。
普段はそれほど食べ物のことで文句を言ったり、こだわったりしないルドルフだったが。
今回ばかりは徹底的に。
誰が食べても「美味しい! 」となるものを追求するつもりだった。
そのほとんどの部分は、オズヴァルトにかかっている。
ルーシェが組み立てた献立の味わいをいかに損なわない品質で容器を作ってくれるかどうか。
もし少しでも不備があれば、すべて、不合格。
ルドルフが設定したゴールポストは高く、厳格で、狭き門だった。
(なんという、覇気か!
このような旦那様を見るのも、久しぶりだ……)
まさに己の全身全霊を持って事に当たろうとする主人のその姿。
老練な執事のコンラートは思わず感銘を受け、戦慄し、微かに身震いを覚えていた。




