・20-11 第382話:「別件:2」
・20-11 第382話:「別件:2」
「話をする前に、まずは、召し上がっていただきたいものがある」
国家宰相のルドルフはそう言うと、テーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らした。
すると事前に打ち合わせデモされていたのか、古くから彼の執事を務めているコンラートがカートを押してあらわれ、オズヴァルトの前に料理が盛りつけられた皿とカトラリーを用意した。
「どうぞ」
いかにも狡猾そう、といった印象の鋭くて陰険な双眸を持つ老執事は、言葉少なにそう勧めて来る。
美食でもてなしてくれるわけではなさそうだ。
皿の上の料理は肉と野菜と豆を煮込んだもののようで、暖められてはいるが、どうにもできたてのものには見えない。
それに、普段から豪華な食事を楽しんでいるオズヴァルトからすれば、高価な食材はまったく使われていない、庶民でも容易に手に入るようなもので作られているのは一目瞭然であった。
「……いただきましょう」
とはいえ、いらない、と突き返すわけにもいかない。
相手はこの国の国家宰相であるのだ。
(まさか、今さら口封じに毒を盛られるわけでもなかろう)
ふと浮かんで来た空想を内心で笑い飛ばし、一口。
咀嚼して、飲み込む。
「お味はいかがかな?
正直なところをおうかがいしたい」
「そうですな……」
身を乗り出し、興味深そうに聞いて来るルドルフに、オズヴァルトは肩をすくめてみせる。
「ありふれた庶民の食事、といったところでございますな。
食材はどれも調理されてから時間が経っているよおうですし、品質も一級品とは申せません。
それと、……少々、塩気が強いような」
もう一口食べて自身の抱いた感想を再確認した後、オズヴァルトは怪訝そうな視線を向ける。
「それで、この料理が、いったいどういう意味を持つのでしょうか? 」
「それは、アルエット共和国軍が利用していた携行糧食なのだ。
瓶詰め、というのは、ご存じだろうか」
ルドルフがそう言うと、執事のコンラートがカートから瓶詰めを一本取り出してテーブルの上に置く。
皿に盛りつけられたものと同じものが詰まっている。
「瓶詰め、で、ございますか。
聞いたことがございます。
確か、アルエット共和国の実業家が特許を持っていたかと。
それで、何か月も料理が腐らないのだとか」
「その通りだ。
そして、今召し上がっていただいたものがそれだ。
この瓶詰めの表記が正しいとすれば、これは、半年も前に製造されたものになる」
「半年! 」
驚き、咄嗟にさっき飲み込んだものを吐き出しそうになるが、耐える。
国家宰相の前で汚い姿を見せることはできない。
「……ええと、つまり。
閣下は、この瓶詰めを、我が国でも作りたいと?
金属で容器を、ということは、瓶の代わりに鉄で容器を作りたいと。
そうお考えなのですね? 」
「察しが良くて助かる」
オズヴァルトが顔面を蒼白にし、冷や汗を垂れ流しながら愛想笑いを浮かべてたずねると、ルドルフは深くうなずいてみせた。
「長期保存という観点から見れば、瓶詰めはすでに完成された技術だ。
私も貴殿と同じものを口にしたが、十分に食べられる状態で、体調も崩すことはなかった。
だが、これを我が軍で採用するには、改善して欲しい点がある」
「それは、どのような? 」
「瓶詰めは重く、かさばる。
それに、衝撃に弱い。
行軍中に携行するには、軽量化し、より頑丈にする必要がある」
「なるほど……、それで」
自分が呼ばれた理由にようやく納得がいった。
ルドルフは、瓶詰に代わる携行糧食として、缶詰を作りたいと考えているのだ。
ガラスの瓶は割れやすいし、どうしても重くなるだけでなく、大きくなってかさばる。
これは、できるだけ荷物を少なくしたい長距離行軍に持って行く上では、実に都合が悪い。
ちょっとした衝撃で壊れてせっかくの食事が台無しになってしまうかもしれないし、ただでさえ重い装備を背負っている兵士たちの負担がさらに増え、疲弊させてしまう。
材質を金属に変えれば、この問題はかなり緩和される。
金属は薄く作っても強度が出るから軽量化できるし、落としても、よほどの衝撃が加わらなければ表面が少し凹むだけで壊れたりはしない。
問題は、錆びるということ。
鉄は塩分、水分と接していると非常に錆びやすい。
反応が進むと容器としての機能が損なわれるし、料理の味も劣悪になるだろう。
(ブリキが使えるかもしれない……)
だが、解決法の見当はすぐについた。
ブリキとは、薄い鋼鈑を錫でメッキして覆い、水と長時間接するような環境でも錆が出ないようにしたもののことだ。
こういった、鉄を錫でコーティングするという技術は、古くから利用されていた。
昔の騎士が身に着けていた白銀の甲冑のあの色は錫のメッキによるものだったし、今でも騎兵が身につける胸甲は同じ製法で作られている。
問題はどうやってこの容器に蓋をして密閉するか、ということだったが、ここを解決できれば缶詰の量産は十分に可能なはずだった。
「承知いたしました。
その件についても、わが社で引き受けましょう」
「ありがたい。
生産に関しては他社も交えることにはなると思うが、当然、貴殿にも加わってもらう」
「かしこまりました。
ですが……」
容器そのものは作れるだろう。
だが、問題は中身の方だ。
「どのような料理が封入されるのか。
それが分からなければ、缶詰のサイズを決められません。
そちらはどうなるのでしょうか? 」
「心配はいらない。
その件は、実はもう手を打ってある」
そして、ルドルフの口から出てきたのは、意外な名前だった。
「代皇帝陛下のメイドで、ルーシェ、という女性をご存じかな? 」
「はい?
……ええ、確か」
「中にどのような料理を詰めるかは、彼女に開発してもらうことになっている。
すでに話はしてある」
(なぜ、代皇帝陛下のメイドとはいえ、一介の使用人に……? )
オズヴァルトには国家宰相がなぜそういったことをしているのか、その意図が測りかねた。
しかし。
あまり口を出さない方がいいのかもしれない。
少なくともこちらは仕事を受注する立場であって、誰にどの部分を担当してもらうかを決めるのは、発注者の専権事項であるからだ。
「では、私は公国に帰還いたしまして、さっそく、容器の方の開発に取り掛からせていただきます。
なるべく早く試作品をお送りさせていただきますから、どれが適したサイズであるのかをお教えくださいませ」
「うむ。
よろしく頼む」
これから忙しくなる。
そんな予感を胸に抱いたオズヴァルトは、挨拶を済ませると、そそくさと立ち去って行った。




