・20-9 第380話:「新装備:2」
・20-9 第380話:「新装備:2」
ノルトハーフェン公国の大商人、帝国でも有数の実業家で、軍やエドゥアルドの治世への貢献から準男爵の地位を獲得したオズヴァルト。
彼は帝都にやって来た時、喜色満面、得意そうな様子だった。
なぜなら、先に売り込んだパックルガンの大量注文があると思い込んでいたからだ。
代皇帝とこの企業家はなにかと関係が深かい。
公国の統治を行っていた時代から、兵器の調達だけでなく、鉄道事業の推進と、互いに連携し、利益を共有して来た。
帝国が経済封鎖を受け窮地に陥り、砂糖などの生活必需品が不足した際には、甜菜を原料とした砂糖を生産する手法を提案し、その特許を国中に販売し生産者を増やすことで増産に貢献している。
きっと、多くの利益を得たはずだ。
それに満足することなく、貪欲に。
オズヴァルトはそのたくましい商魂を発揮し、さらに利潤を獲得するため、パックルガンという兵器を、それを運用する志願兵つきでエドゥアルドたちに送り込んで来た。
その努力と出費が実り、大量発注を得られる。
そう期待していたのに。
「し、新装備の開発、で、ございますか……? 」
パックルガンの調達はまったく行われず、代わりに、まだ誰も実現したことの無い後装式の兵器の実用化と量産化を行って欲しいと依頼されたオズヴァルトは、丸々と太った顔に困り顔を浮かべ、額ににじんだ汗をハンカチで拭いていた。
「そ、その。
パックルガンの発注は……? 」
「参謀総長ともあらためて話し合って決めたのだが、それはしない。
あれは、確かに有効な兵器だった。
それは認めざるを得ない。
しかし運用方法が野戦砲と被る。
パックルガンを配備するより、大砲を増やした方が良い、というのが、こちらの見解だ。
仮に、数十発、百発も連続発射できるようになれば、考えたのだが」
「そ、そうでございますか」
たっぷりと贅肉のついた腹を揺らしながら椅子の上で窮屈そうに身じろぎをし、せわしなく視線を動かす。
おそらく、頭の中で損得勘定をしているのだろう。
(発注を見込んで、工場設備の導入を始めたりしていたのだろうな……)
帝都に直接会いに来るように、と呼ばれて、おそらくはオルタンシアの戦いでのパックルガンの大活躍を聞いていたオズヴァルトは小躍りした、のかもしれない。
この不遇の兵器に目をつけ、特許を買い取り、実際に製造して私兵までつけてフルゴル王国に送り込むのは相当の出費であったはずだが、その支出が素晴らしい[投資]になった。
商売人としてはこれほど喜ばしいこともなかなかなかったのに違いない。
先行して、生産機材を増やし、材料や人を集め始めていてもおかしくはない。
しかし、いざ、ついてみると、パックルガンは一門も売れず、代わりに、さらに手間と費用が掛かる新装備の開発を申し込まれた。
成功すればいい。
開発した後装式の機構の特許を取得してその製造権を売れば大変な利益になるし、自分の会社で受注して生産しても大いに儲かるだろう。
だが、失敗すればどうなる?
かけた費用は全部、無駄になる。
また、最終的にうまくいたとしても、それまでに時間がかかれば、その間はまったく収入につながらないということで、経営的な負担は相当なものだ。
それはあちらの都合であって、こちらはあずかり知らないところではあるのだが。
エドゥアルドには少し気の毒に思えた。
「オズヴァルト準男爵殿。
参謀総長としても、ぜひとも、お願い申し上げたい」
この話、引き受けるべきか。
それとも、断るべきか。
自分にそういった選択権があるのかどうかも含めて悩みこんでいるオズヴァルトに、その場に同席していたアントンが頭を下げる。
「後装式の小銃、および火砲が完成すれば、我が軍は数年間、あるいは数十年も優位を確保できます。
実用性の十分ある新装備が完成すれば、全軍の装備を更新し、その後も調達を継続することとなるでしょう。
また、こういった兵器の特許は、各国が欲しがるはずです。
軍事機密も含まれますから、どこに販売するか、という点は、その都度政府と相談していただく必要はございますが。
必ず、御社にとっても大きな利益となるでしょう! 」
過去の経緯により、参謀総長という重職にありながら、正式には階級を持たず、爵位も失っているとはいえ。
軍部で尊敬を集め、代皇帝からも深く信頼され重用されている人物からの熱心な依頼。
しかし、オズヴァルトは即答せず、さらに困ったような顔をするだけだった。
(利益ばかりを強調されても……)
商人にとっては、儲かることがなによりだ。
しかし彼らがやっているのは、ギャンブルではない。
常に手堅く勝ち続けるための[投資]なのだ。
今オズヴァルトが気に病んでいるのは失敗する可能性。
そして、実現までにかかる費用をまかなえるかどうかという点。
加えて、新装備の開発につぎ込んだ費用を別の用途に用いていた場合に獲得できていたはずの利益と、あくまで賭けに出た場合の採算性。
「うまくいけば利益が出ます! 」と言われても、そういう問題ではない、と答えるしかない。
より損をせず、より儲かる方。
それを選択し続けなければ、商売は成り立たない。
「どうだろうか、オズヴァルト殿」
これまでの付き合いの長さもあり、なんとなく相手の考えていることが分かったエドゥアルドは条件をつけ加える。
「実は、軍の中ですでに後装式兵器の機構を考案中なのだが。
それを実際に試作していただくたびに、それについての対価を支払おう。
こうすれば小刻みに開発費を回収できるし、成功するにしろ、失敗するのにしろ、貴殿の懐は痛まないはずだ。
軍から技術支援のための人員も派遣しよう」
成功報酬ではなく、かけた手間、過程そのものに代金を支払う。
その申し出にオズヴァルトの指がピクリと動く。
魅力を感じたのに違いない。
「……そう言えば」
もう一押し。
そう直感したエドゥアルドは、さらに提案をつけ加えた。
「派遣していただいたパックルガンへの謝礼がまだ、だったな。
代金は不要、とのことだったが……、あれがなければ、余と帝国軍の命運は危うかった。
それだけでも報奨金を出す価値はあるだろう。
パックルガンの特許の取得費用、調達費用、人員の雇用・訓練費、並びに、もしすでに投資を行っているのだとしたら、生産設備などの費用。
これらを帝国の国庫から負担させてもらえれば、と思うのだが、いかがだろうか? 」
このままでは、パックルガンにかけた資金がすべて無駄になってしまう。
商人の悩みの種となっていたのであろうそれを取り除く。
「……かしこまりました。
この話、弊社で引き受けさせていただきましょう」
それだけ保証をされて、リスクを取り除かれて、ようやく。
オズヴァルトは深々とうなずいてみせていた。




