・3-13 第32話:「殖産興業:1」
・3-13 第32話:「殖産興業:1」
他の人物がトップであったのならともかく、エドゥアルドが国家元首であるのなら、帝国が発行する国債は買い手がつく。
ディートリヒのその見立ては、正しかった。
新たに発行された、固定金利・返済期限十年の帝国債券は、市場で一般的に取引されているものよりも低い利息率であったのにもかかわらず順調に買われ、ひとまずのところ予定としていた金額を集めることができたからだ。
国債の歴史は、意外に古い。
国家が債権を発行するという行為は数百年もの昔に始まったことではあり、帝国が国債を売り出すのも、これが初めてのことではなかった。
しかし、今回発行された国債は、過去に出されたものとはずいぶん、毛色が違う。
帝国が債券を売り出したことがあるのは、戦費をまかなうためであった。
戦争に勝てば、新しい領土や、賠償金を得ることができる。
それを返済や利息に当ててくれるものと期待して、人々はそれを買ったのだ。
だが、エドゥアルドが発行したのは、戦費に充てるためのものではない。
もっと積極的に、国家を成長させるための[投資]に用いるためのものだった。
問題なのは、こうして得た資金を、なにに投入するか、ということであった。
———そこで少年代皇帝は、ノルトハーフェン公国を統治していた時代から交流のあった二人の人物を、帝都・トローンシュタットへと呼び寄せた。
一人は、クルト・フォン・フライハイト男爵。
彼はノルトハーフェン公国の近隣に領地を持つ諸侯の一人であり、エドゥアルドとは協力的な関係にあった。
というのは、フライハイト男爵家が有している領地には資源の豊富な鉱山があり、そこで採掘される石炭などの資源を効率的に運び出すために真新しい交通手段であった鉄道を建設したいと志していて、その技術に興味を示していたエドゥアルドとは利害関係も一致し、協力して事業を推し進めてきたからだ。
クルトは貴族ではあったが、技術者でもあった。
小なりといえども一領主であった彼は幼い頃から自領を発展させることを志しており、産業機械に興味を示して、産業革命の震源地と言われる海を越えた隣国、イーンスラ王国まで出向いて、実地で鉄道を始めとする技術を学んできていたからであった。
こうした知見は、帝国においては貴重なものであった。
エドゥアルドは彼に鉄道事業で協力し、路線計画の作成、測量の実施、線路の建設など、様々な事業で助け合い、現在では鉱山で産出した品々が大量に蒸気機関車によって運搬されるまでに至っている。
彼を呼んだのは、そうした鉄道事業を進める中で密かに暖め合って来た、「鉄道を帝都にまで延伸する」という計画を現実のものとするためであった。
鉄道は新しい運搬手段であるだけでなく、軍隊の活動にも画期的な変化をもたらす存在になるだろうという見通しが生まれていた。
線路を敷き、蒸気機関車を用意して走らせる、という初期投資の大きさはあったものの、従来の馬車で行うよりも遥かに効率的な輸送を実現できるからだ。
運用するのに多くの物資が必要となるという点で、鉄道も馬車もさほど大きな違いはない。
蒸気機関車や客車、貨車は整備・点検が必要で、走らせるのには燃料や水が必要になる。馬車も、満足に走らせるためには、馬に腹いっぱいに食わせ、十分に塩分や水分をとらせる必要がある。
だが、決定的に異なるのは、鉄道の方が馬車よりも効率的に大量輸送が可能になる、という点だった。
蒸気機関車の力は従来の馬車とは比較にならないほどに大きかった。いくつもの車両を連ねて、一度に大量の人や物を、より速く運ぶことができるのだ。
しかも鉄路という専用の道は摩擦係数が少なく、小さなエネルギー損失で長距離を移動できる。
つまりは、鉄道が通っている区間では、軍隊をより円滑に、安価に、高速で輸送できるだけでなく、強力に補給し続けることができるのだ。
帝国軍に創設された参謀本部の総長、アントン・フォン・シュタムとは、その内実際に兵士たちや物資を乗せて、どの程度の輸送力を発揮できるか試験してみよう、という話になっている。
しかし、従来よりも効果的な兵力運用が可能になるだろうという予想は、鉄道運航の経験から、すでに確信されつつあった。
まずは、ノルトハーフェン公国と帝都を。
やがては、帝国の全土に。
そういった遠大な計画のために、クルトの力が必要であった。
「クルト殿。どうか、帝国に鉄道網を建設するという事業に、力を貸していただきたい」
いったいなぜ呼び出されたのかと戸惑い気味であった男爵は、代皇帝にそう頼み込まれると、当初、「自分にそんな力はない」と言って固辞した。
いわく、フライハイト男爵家は家門としての歴史も浅く、領地も小さく、力も弱く、そのような家の当主に過ぎないのだから、帝国全体を将来に渡って支えるほどの大事業を成し遂げることは難しいだろう、ということだった。
だが、エドゥアルドは粘り強く説得を試みた。
帝国には三百の諸侯がおり、その他にも大勢の有力者がいるが、鉄道事業の計画、測量、路線の建設、そして運用まで、すべてを実際に経験したことがあり、しかも信頼のおける者といえば、彼しかいなかったからだ。
この鉄道事業のために、エドゥアルドは国家宰相・ルドルフ・フォン・エーアリヒの下で新たに鉄道庁を設け、その長官のポストにクルトをすえて、必要な人員も用意することを考えていた。
その上に、国債まで発行して、使いたいだけ予算もつける。
鉄道は、将来の国家の発展には欠かせないものとなるはずだった。
小口・短距離の輸送であれば馬車でも充分であったが、大量・長距離の輸送となるとどうしても鉄道がなければ始まらない。
物流網の強化はより経済が活性化できる下地となるだけでなく、軍隊の活動にも大きな利益がある。
何度も補給で苦しんだ経験を持つエドゥアルドの鉄道建設にかける願いは、切実であった。
———それが、通じたのだろう。
自分にはそんなことはできない、と及び腰だったクルト男爵も、最後にはその役割を引き受けることに同意してくれていた。
こうして、タウゼント帝国では今後何十年もかけて、国家事業として、民間とも協力して鉄道網を建設していくこととなるのだった。




