・16-13 第280話:「王女たちの帰国:2」
・16-13 第280話:「王女たちの帰国:2」
実は、家臣たちから身を固めるように迫られていて、誰を相手とするかで悩んでいる。
そうエドゥアルドが打ち明けた時、アリツィアとユーフェミアは、なんとも複雑そうな表情をしていた。
自分たちの側から踏み込んで行ったのはいいものの。
聞くんじゃなかった、と、後悔しているような表情だった。
「キミが望む相手を選べばいいだろう? 」
少し沈黙した後、オルリック王国の王女が憮然とした顔で言う。
「どこの貴族のご令嬢かは分からないし知りたくもないけれど、代皇帝ほどの人が想いを向けてくれるのなら、誰でもお受けすると思うよ」
それは、どこか突き放したような言い方だった。
というのはおそらく、弱り切って、溺れる者が藁にもすがるような状態とは言えこんなことを相談されるのは、「目の前にいる二人は眼中にない」と宣言されているようなものだったからだろう。
ユーフェミアはついにその真意を明かしたことが無かったからエドゥアルドは彼女が[二重帝国]の構築を狙っていたとは知らないのだが、アリツィアに関しては、真剣に関係を構築しようと思っていたフシがあることは知っているはずだった。
それなのにこんなのはあんまりだと、そう抗議する視線が向けられている。
「……その。
何と申しましょうか、失礼なことをたずねてしまって、申し訳ありません」
衰弱した思考でようやくそのことに思い至った青年が、まるで今にも消え入りそうな蝋燭の火のような有様で謝罪すると、オルリック王国の王女は渋い顔をする。
本当に困り果てて憔悴した姿を見せつけられると、怒りたくとも怒れなくなってしまったのだろう。
「どなたか、候補になっている方はいらっしゃるのでしょうか? 」
黙り込んでしまったアリツィアの代わりにそう問いかけたのは、ユーフェミアだった。
まるで探りを入れているかのような聞き方。
だがエドゥアルドはそれに気づくこともできず、「オストヴィーゼ公爵家とズインゲンガルデン公爵家から、それぞれのご当主の妹君をご紹介いただいている」と、馬鹿正直に白状してしまっていた。
「なるほど、公爵家の。
大変素晴らしいご縁ではございませんか。
家格としても陛下とは対等、きっと器量にも優れたご令嬢なのでございましょう?
どちらをお選びになってもよろしいのではありませんか? 」
「それは、そうかもしれないのですが……」
代皇帝の受け答えは歯切れが悪い。
つい口から内情を明かしてしまったが、それは、咄嗟に自身の本当の悩みを述べることができず、ついつい出て来てしまった言葉に過ぎなかったからだ。
「もしや」
イーンスラ王国の王女はその微妙な態度を見逃さず、双眸を鋭く細める。
「陛下は、すでにお心に決めたお相手がいるのでは? 」
「……」
「そしてそのお方は、とても陛下とは釣り合わないような、低い身分のお方であるのでしょう? 」
「……」
エドゥアルドは答えない。
答えられない。
そして、その沈黙が、なによりの返事だった。
アリツィアとユーフェミアは互いの顔を見合わせ、そして、何かを決心したようにうなずき合う。
「エドゥアルド陛下。
キミは、キミの思う通りにするべきだ」
まずそう言ったのは、オルリック王国の王女。
「陛下はずいぶんとそのことで悩んでおられるのだろう?
それだけ、気持ちが真剣だ、ということだ。
そんなに強い感情を押し殺したままではきっと、キミは耐えきれなくなって潰れてしまうのに違いない。
それでは、不幸だ。
本当に大切に思っている相手がすでにいるのならば、それ以外の誰と結ばれることになっても悲劇しか生まない。
キミは結ばれなかった誰かのことを考え続け、苦しいままだし、愛されないまま結婚した女性もその一生を空虚に送ることになる」
そんなことは青年もよく分かっていた。
このままでは誰も幸せにならない。
だが。
彼は一人の人間であるのと同時に、ノルトハーフェン公爵であり、代皇帝。
望んで得た地位だったが、それが全身を縛る鎖となって、苦しくてしかたがない。
「陛下は、こうお考えなのでしょう? 」
続いて、イーンスラ王国の王女が言う。
「自らの地位、血筋を考えれば、身分の低い女性を選ぶことはできない。
どんなにそうしたいと願っていても、世間がそれを許さない、と。
……そんなこと、お気になさらなければよいではないですか」
それができれば、苦労はない。
反射的にエドゥアルドが顔をあげて軽く睨みつけると、ユーフェミアは不敵な笑みを浮かべていた。
「現在の社会が認めないというのならば、それを、変えればよろしいではないですか。
陛下は伝統あるタウゼント帝国の国家元首となられた御身。
しかしながら、古からの慣習を固守なさりたいわけではないのでしょう?
すでに、陛下はいくつもの事柄を変えておいでになるはず。
中には人々の反発を招くようなこともあったはずですのに、迷わず実行なされている。
それは、何故でしょうか?
必要なこと、陛下が心から成し遂げたいとお考えのことだからではないですか」
「……しかし」
確かに、自分は今までにも多くの事柄を変えて来た。
継承者であるのと同時に、変革者。
それが代皇帝・エドゥアルドだ。
社会が許すかどうかは関係が無い。
それが認められる世界に、自らの手で作り変えればいい。
ユーフェミアの言葉は青年に重大な発想の転換をもたらしたが、彼はまだ戸惑っている。
自分の個人的な感情のために、そんな私的なことで世の中の仕組みに手を加えても良いのかと。
すると、イーンスラ王国の王女は笑った。
「ふふ。
我が国にはかつて、想い人と結ばれるために独自の教会を発足させた国王もおりましたくらいですもの。
恋のために制度のひとつやふたつ、変えてしまっても私はよろしいと存じます。
それに、素敵ではございませんか!
身分差を乗り越えて、真に愛し合った二人が結ばれ、幸せな一生を送る。
想いを遂げられないまま悲恋に沈む物語も美しいとは存じますが、私は昔から、ハッピーエンドの方が好きなのです」
わがままになれ。
エドゥアルドをそう激励し、ユーフェミアは愛らしく小首を傾げながら問いかける。
「陛下は、どちらの物語がお好きでしょうか? 」
それは、妙に心の奥底に響く言葉だった。