・3-8 第27話:「幕開け」
・3-8 第27話:「幕開け」
バ・メール王国を再興するための運動を全面的に支援する。
サイモン伯爵の前でそう断言してしまったことを、エドゥアルドは少しだけ、早まったかな、と後悔した。
ブレーンであるヴィルヘルムや、国家宰相となったエーアリヒ、参謀総長のアントン、その他のどんな重臣とも相談することなくそれを決めてしまったせいだ。
だが、そう言わずにはいられなかった。
言わなかったら、サイモン伯爵は自害してしまっていたのに違いないからだ。
彼は忠臣であり、誠実な男だった。
どのような苦難に陥ろうとも諦めずに祖国を救おうと粘り強く機会を待ち、いざ、エドゥアルドとの会見の場を得ると、全身全霊で祖国を救ってくれるように懇願した。
その姿に、心を動かされずにはいられなかった。
(いずれにしろ……、アルエット共和国と干戈を交えることになるのは、既定のことだったはずだ)
ひと時の休息の間に、代皇帝はそう考えることにしていた。
既存の権力階級であった貴族を打倒し、追放して、平民による国家を建国したアルエット共和国の人々。
彼らからすれば、そもそも、帝政を敷き、貴族階級による支配を続けているタウゼント帝国という存在そのものが、敵と呼べるのだろう。
それは、かつて共和国の人々を虐げていた者たちと同様の存在であり、その統治下において、自由で平等であるべき平民が過去と変わらずに平伏させられ続けているのだから。
戦いを仕掛け、同じ民衆の[解放]を大義とかかげるのは、彼らにとっては間違いなく正義と見なせる行為であるはずだ。
一昨年、タウゼント帝国がバ・メール王国と手を結び、根拠に乏しい戦争を一方的にしかけた、ということもある。
帝政は、倒さなければならない危険な存在。
先に潰さなければ、向こうの方から攻撃してくるのに違いない。
共和国の人々が自分たちの打ち立てた共和制の正しさ、健全さを信奉するのと同時に、やらなければやられる、という差し迫った自衛意識を抱いているとすれば、フルゴル王国、バ・メール王国と、彼らにとっての後背と側面に位置する国家を制圧して全力を正面に注げるこの機会を生かそうとするだろう。
そう考えれば、ここでエドゥアルドがサイモン伯爵に同情しようとしまいと、帝国と共和国が戦う、という結果は変わらないということになる。
———そして、翌日。
朝早くに目を覚ましたエドゥアルドは、マーリアの作ってくれた懐かしい味わいの朝食を楽しむのもそこそこに政務を行うために宮殿へと向かった。
とにかく、時間が惜しい。
一応、アルエット共和国と国境が接している部分について、警戒を強めるのと同時に、バ・メール王国からの難民を出来得る限り受け入れるように、という指示はサイモン伯爵と面会する以前に、王国が滅んだという知らせを受けた直後にすでに出し、そのための準備も行うように臣下に命じてはあるものの、昨日の今日のことであり急にことは運ばない。
なにしろ、最速の通信手段が早馬、という時代なのだ。
ある決定を下したとしてもそれが実際に現場に届くのに日数がかかる。帝都から共和国との国境地域(具体的に言えばそこを統治している諸侯)に対してエドゥアルドからの命令が届くのは、最長で一週間以上もの時間が必要になってしまう。
これは、恐ろしい想像にもつながる。
今、この瞬間。
帝都にいるエドゥアルドに伝わっていない、というだけで、すでに現地ではアルエット共和国軍が国境に集結しつつある、という事態だってあり得る、ということなのだ。
どうしても、現状では状況を把握するのにタイムラグがある。
これを解決するためには、事前に、あらゆる状況を予測して、できる限りの備えを整えておかなければならない。
まさに、課題山積、といったところ。
今日も、臣下たちには早々に出仕するように伝えてある。
サイモン伯爵にバ・メール王国の再興のために尽力すると約束した件もあるし、旧い体制下に置かれている帝国をどのような形に変革していくべきか、彼らの意見とエドゥアルド自身の考えを出し合い、最善の方策を見出して、それを共有していかなければならない。
自ら進んでいく、と決めた道筋は、険しい、茨の道。
少年はその双肩に、数千万もの民衆の命運と、千年の歴史を誇る国家の行く末を背負っている。
「あの、エドゥアルドさま。もし、よろしければ、こちらを……」
身支度を整えてホテル・ベルンシュタインのロータリーで馬車に乗りこもうとする直前、メイドのルーシェがそう言いながら、おずおずとパン籠を差し出してくる。
「これは……? 」
「サンドイッチです。その……、お忙しい、とお聞きいたしましたので、片手間に食べていただけるものを、と思いまして、ご用意いたしました」
メイドの表情は、こんなものしかご用意できなくて申し訳ありません、と思っているのか、浮かない。
あるいは、自分の作った物をエドゥアルドが食べてくれるのかどうかと、そう不安に思っているのかもしれない。
その様子だけで、一生懸命に作ってくれたのだな、ということが分かる。
「ありがとう。……仕事の合間にでも、いただくよ」
ルーシェだって、メイドとしての仕事をするために夜遅くに寝て、朝早くに起きて大変だろうに。
そう思って少し暖かな気持ちになったエドゥアルドは、柔らかい微笑みを浮かべるとありがたくパン籠を受け取る。
少女の顔に、花が咲くように笑顔がほころんだ。
「行ってらっしゃいませ! エドゥアルドさま! 」
こちらまで元気になれそうな、明るい見送りの言葉。
それは、政治家としてはまだまだ未熟、軍人としても十分な経歴を持たない少年の陰鬱で重苦しい戦いの幕開けに、希望と自信を添えてくれるものだった。




