幕間:領主と従者1
――その日、アンジェは唐突にシアラから提案を受けた。
「手伝って欲しいことがあるのだけれど、いい?」
ユークはこの日仕事を頼まれ外へ出ていた。よってアンジェは「私でよければ」と同意したのだが――
「あの……」
「何かしら?」
「その、目的はわかるのですが……私までこういった格好をする必要はあるのですか?」
アンジェはシアラと共に町へ出ていた。格好は双方とも町へ溶け込むようなワンピース姿であり、町の人からは領主の存在に気付いて声を掛けられる。
「いつもの旅装では味気ないでしょう?」
質問に対する回答はそれだけだった。アンジェとしては釈然としないながらも、小さく「わかりました」と応じつつシアラと共に歩くことに。
――シアラによると町中を検分したいとのことで、町の案内を兼ねてアンジェと共に通りを歩いていた。滞在してそれなりに日数が経過しているわけだが、他ならぬ領主であるシアラの案内ということでアンジェとしては同意したのだが、やっていることは町の人に声を掛けたり、挨拶を受けたり、あるいは店の人に誘われて買い食いしたりと、どこか遊んでいるようにも思える。
危険ではないか、とアンジェは意見しようと考えたが、他ならぬ彼女は勇者――であれば、さすがに聞くだけ野暮だと考え提言はしなかった。
そしてアンジェはきっと肩に力が入っている自分のことを慮ったのだろう、となんとなく思った――実際の目的は別のところにあるのだが、まさかユークがシアラに相談して行動を起こした、などと考えるのは難しかった。
「……こうして町を歩き回るのは、好きではないのかしら?」
ふいに、シアラが口を開く。アンジェは一拍間を置くと、
「……決して、嫌いではありませんよ」
「好きでもないと」
「私は……正直、これが楽しいことなのか自分でもよくわかりません」
正直な言葉を口にした――ユークと共に町を見て回ったことがあった。デートと言われ驚きつつ、色々な店などに入ったし、その全てを記憶しているが、楽しいかと言われると、わからない。
「ユーク様からは、今後町の人として組織の人間と接触するかもしれないと言われ、慣れた方がいいとは思いましたが」
「……遊ぶ、ということ自体に慣れていないようね」
シアラが言う。アンジェとしては困惑するしかない。
「なるほど、あなたはそういう風に教育を受けてきたのね……ただ国のために尽くし、戦い続ける騎士であり勇者……それが理想だと」
「……シアラ様は、どうお考えですか?」
「そういう風に生きると決めたのであれば、それもまた人生でしょう」
シアラはそう言いながら、ぐるりと町を見回す。その動きを見て、町の人が彼女へ呼び掛けてくる。
「私も最初は、領主としての責務を全うするために滅私奉公の精神で頑張ろうって考えていた……亡き両親に変わり、立ち止まってはいられない。絶対にこの町をよくする。だから、遊んだりすることも許されない、とね」
「……それは、違ったと?」
「懸命に働く姿を見て、領民は確かに私のことを信じてくれた。でもね、それだけでは駄目だった。町の人にとって規範にならなければ、という考えを持っていたけど、それだけで町の人はついてこなかった」
声を掛けられ、シアラは手を振り返す。その様子を見てアンジェは、慕われているのだと確信する。
「私に必要だったのは、楽しむことだった」
「楽しむ……?」
「仕事を楽しめ、という意味じゃない。この町で暮らす人と苦楽を共にする……ただ町の人達のために働き続けるだけでは意味が無い。町の人が笑っていれば、私もまた笑顔でなければ、本当に良い町だということにはならないと気付いた」
――そこに至るまでに、彼女は様々な出来事があったのだろう。年齢的にまだ領主となって長くて数年程度のはず。けれど彼女は、勇者だからこそなのか色々なことに気付けた。
「だから、こういう機会があれば存分に楽しむことに決めたの」
「……理解は、できます。町を治める以上、ただ苦しいだけでは成り立たないというわけですね」
「そう。私もお祭りがあればそれを楽しみ、災害が起きたら町の人と共に走り回る……それができてようやく、私は領主として認められた」
そこでシアラはアンジェへ笑いかける。
「立場は違えど、あなたも似たようなものかな」
「私が……?」
「楽しめと強制しているわけではない。あなたが自分を押し殺し、騎士として勇者として剣を握るのであれば、それもまた一つの選択肢。ユークだって理解はすると思うわ。でも、今のあなたは……たった一つの道を選ばされている」
「……つまり、私は勇者としての教育を通して、家の方針を強制されていると?」
「それに反発するのも受け入れるのもあなたの自由よ。でも、それを自覚しているのとしていないのとでは、大きく違うでしょう?」
――アンジェはここで、ユークもそれに気付いてデートと称し街に繰り出したのだと理解した。
(なるほど……私は……)
同時に思う。自覚はなかった。でも、自分の境遇に違和感を抱いたのだとしたら――勇者オルトのようになっていたかもしれない。
(ユーク様も、今の私の方が扱いやすいはず……けれどそうだとしても)
胸中で呟く間に、アンジェからさらなる言葉が飛んできた。




