森に溶け込む
ユーク達は紅の魔物を倒した後、さらに大森林の中を進んでいく。索敵魔法で発見した魔物はまだ複数体おり、その討伐のためだ。
「斬った感触から、漆黒の魔物ほど強固な能力を持っているわけじゃなさそうだ。武器を新調したアンジェなら余裕で倒せる」
「そうですか? とはいえ、騎士の剣術……それに苦戦させられそうですね」
「もしかすると、それが狙いかもしれないな」
ユークの発言にアンジェは首を傾げ、
「どういうことですか?」
「漆黒の魔物について身体能力の高さは脅威だけど、あれだけの力を持つ個体だと、数を多くはできないはず。そして国が戦う場合は多人数で応じようとするだろう」
「漆黒は集団でかかれば勝機があると」
「そうだ。でも、ここに紅の魔物が援護に入れば騎士達は苦戦を強いられる」
「……紅の魔物だけでどうにかするのではなく、いくつかの魔物を組み合わせて動かすと」
「そうだ」
「であれば、確かに有効ですね……苦戦は必至です」
――魔物は群れを成して行動することも多く、一斉に突撃してくるケースもある。だが獣の理性しか持たない野生の魔物であれば、連携するにしてもそれは拙い動きになるし、先読みも難しくない。
だが、今回戦っている魔物は違う。組織の者が使役することに加え、魔物同士が連携するように命令を与えられているのであれば――
「調査すればするほど、魔物が凶悪だという情報が増えますね」
「一体一体の強さもあるけど、それを複数連携して運用する、というのを前提に作成しているんだと思うな。国へ戦争を仕掛けることを前提しているような節もある」
「動き出す前に絶対に倒さなければいけませんね」
「ああ……と、いよいよ次の魔物が見えてくるな」
ユークが呟いた時、次に見つけていた魔物の姿が見え――
「……え?」
アンジェが呟いた。理由は明白であり、その色が紅ではなかった。
それは、森に溶け込むような緑色。ユークはその姿を見て警戒しつつ、魔力を探り始める。
「……なるほど、な」
「ユーク様、何かわかったのですか?」
「ああ。どうやらあの魔物は紅と逆――植物などから魔力を吸収している」
その言葉にアンジェの表情が強ばる。
「この森では、非常に危険ですね」
「ああ……ただ、植物を枯らすほどのものではない。周囲から少しずつ魔力を吸い取っているみたいだが……アンジェ、慎重に近づく。相手がこちらを察知した直後、一気に仕掛ける」
「敵が攻撃してくるより前に仕留める、というわけですか」
「ああ」
返事にアンジェは無言で首肯。ユーク達は少しずつ近づいていく。
緑の魔物はユーク達から背を向けているような形であり、接近に気付いている様子はない。なおかつ、周囲から魔力を吸い取り続けているくらいで他の魔物と比べ警戒心が薄いように見える。
「……ユーク様、なんというか」
「言いたいことはわかる。もしかするとあれは、戦闘能力が低い魔物なのかもしれない」
ユークは言いながらも警戒を続け、やがてその姿がずいぶんと大きくなった時――緑の魔物が気付いた。
戦闘態勢に入るかと考えたが、魔物は突然後退した。逃げられる――そう判断したユークは、一気に間合いを詰めた。
アンジェもそれに続き、緑の魔物の姿が森の中へ吸い込まれようとして――だがその前に二人の斬撃が、叩き込まれた。
それで勝負は決した。魔物の体はあっさりと両断され、消滅する。その体に貯め込んでいた魔力が周囲に拡散し、濃密な気配を生む。
「……この魔物は」
アンジェは魔力を感じ取りながら言及する。
「他の魔物に魔力を供給する能力を持っている、とかでしょうか?」
「それで間違いないだろう」
ユークは頷きながら、他に敵がいないか周囲に目を向ける。
「漆黒の魔物を始め、色違いの魔物達は様々なものから魔力を取り込む特性を持っているが……青の魔物がわかりやすいけど、大気から魔力を吸収するからといって無尽蔵に魔物を生成できるわけじゃない。魔物を構成する核となる魔力については、例え大気から魔力を吸収しても回復しない」
「けれど緑の魔物が……」
「おそらく身の内で魔力を変換し、他の魔物に供給……みたいな感じだと思う。そうじゃないとこの魔物の特性が理解できないし、必要もない」
「もし戦場にいたら、真っ先に倒さなければいけない魔物でしょうか」
「ああ、違いないな。青の魔物と緑の魔物……その二体によって、延々と魔物を生成できる。これがどれだけ危険なのかはアンジェも理解できるはずだ」
「はい……ユーク様、まだ魔物はいますよね?」
「感じたところだと残り二体。おそらく両方とも紅だ」
「では、このまま進み魔物を討伐し……」
「討伐は完了……とはいえ、これで終わりとは思えない……いや、考察は後だ。まずは魔物を殲滅しよう」
宣言し、ユークは歩き出した。




