幕間:国の考え
――重苦しい空気が室内に充満する。そこは広い会議場。円卓が備えられた一室であり、そこに多数の人間が着席し、全員が一様に厳しい表情を見せていた。
場には年配かつ、執政を担うことを示す純白のローブを着ている男性が圧倒的に多い。他にも白銀の鎧を着た強面の騎士や、宮廷魔術師であることを示す青いローブを着る女性の魔法使い。さらには――
「全員集まったようだな……ではラギン、説明を始めてもらおう」
声を発したのは王冠と赤と白の法衣を着た人物――ディリウス王国の国王である。そして真正面――円卓の反対側に、勇者候補ユークの師であり育ての親でもある、翁ラギンが座っていた。
「はい……王都への出発前、ユークが暮らす小屋を訪れると、置き手紙が一つ」
淡々とした口調でラギンは語り出す。そして周囲の者達――国の重鎮達は、厳しい目で彼を見据える。
「内容はご報告にあった通り……これが実物です」
円卓の上にラギンは手紙を置いた。近くにいた騎士の一人がそれを手に取り、王へ持って行く。
「極めて簡素な文章ですが……」
「ふむ……」
国王は手紙の文面を目でなぞる。魔の気配、探すなという文言。
「一報を聞いて重臣達も色々と考察し、一定の結論を出したが……ラギン、どのように思う?」
「はい」
まるで――ここから先、嘘を告げれば極刑だとでもいうような雰囲気の中で、ラギンは語る。
「まず、ユークについて……彼の成長性については、皆様のご周知の通りです。史上最強の勇者と噂されるほどの才覚……索敵魔法一つですら、彼の手に掛かればその範囲は山全体に広がるほど。その気になれば国全体にも広げられる、と彼自身語っており、技量を踏まえればそれはまさしく真実でしょう」
空気が一層重くなる。そうした中でラギンはなおも続ける。
「しかるに、王都へ出発前に彼は索敵を行い……見つけたのでしょう、魔の気配を」
――ユーク自身、家出したと悟られて追っ手が差し向けられるだろうと考えていた。だが、ここに認識の齟齬が生まれてしまっていた。
史上最強、という肩書きがあってもユークは十五のガキが出奔したのだから何をしているのかとわめき立てて追い掛けてくるだろうと考えていた――しかし国はそう思わなかったし、彼と共にラギンでさえそう考えなかった。
「ユークは一人、感じ取った魔の気配を追い掛けることにしたのです」
そして国の重臣達もまた、同様の見解だった――史上最強であり、十歳にしてあらゆることができた、できてしまったが故の結論であった。
「なぜ、単独で?」
重臣の一人が声を上げる。無論ラギンはその問い掛けを用意していた――もちろんそれは、彼の勝手な推測ではあったが。
「儂もここは引っ掛かりましたが、やがて真実を悟りました。重要なのはこのタイミングです。魔の気配があるのならば、儂を含め迎えに来た騎士に相談すべき案件でしょう。しかしユークは一人で動く決断をした。つまり」
「もしや……人間側に魔と通じる者がいると?」
会議室がざわついた。まさか、そんな馬鹿な、と様々な人間が呟く中で王はそれを手で制し、
「ラギン、勇者ユークはそれを確信したと?」
「先ほど言いましたが、索敵魔法により国全体を調べることも可能なユークです。魔の気配を人のいる町で感知し、国に協力を請うことはできないと判断した、という可能性が高い」
「――しかし、それは本当か?」
次に声を発したのは鎧をまとう騎士。
「いかに優れた勇者であろうと、人里から遠く離れた存在を感知する……そこはあり得るにしても、私達が気付かないことなど、あるのか?」
騎士の疑義がもっともであった。国中を調べ尽くせる技量を持っているにしても、国には多数の騎士と宮廷魔術師――何より、他にも証を持つ勇者がいる。彼らが気付かないような存在がいるとは思えないと騎士は考えている。
「その考察はもっともです」
ラギンはすぐさま応じる――もしこの場をユークが見ていたとしたら、ラギンは家出された状況なので必死に誤魔化しているのでは、などと考えたかもしれない。
しかし、真実は違う。ラギンの目は本気であり、発する言葉は全てが本心。
「疑うのも無理らしからぬこと。ですが、ユークがたった一人で出奔する理由など、他に思いつきませんし、何より共にいたからこそ知っている……ユークの正義感を」
沈黙が訪れる。朗々としたラギンの言葉に、会議室の結論が一つにまとまろうとしている。
「疑う余地はいくらでもあるでしょう。しかしまさか、ユークが勇者としての役割を放棄し旅をするなどとは考えられず――」
「それ以上はいい、ラギン」
国王が制した。次いで騎士へ目を向け、
「そなたの主張は理解できる。不明な点が非常に多い話ではあるが……何かを感じ取り勇者ユークが動いたのもまた事実だろう」
「では――」
「此度の件、秘密裏に動く必要がある。まずは何より、勇者ユークの真意……何を目指しているのか確認せねばならん。ラギン、接触する手段はあるのか?」
「はい、しかし単独で行動するということは――」
「わかっている、近づけば警戒するだろう……まずは、勇者ユークが信頼できると考える人物を選定せねばなるまいな」
会議は重い空気の中続いていく。その中でラギンは、ユークをどこまでも信用しているように強い瞳を持っていたのだった――