勇者という存在
赤き巨躯を持つ魔犬、その一体がユークへと迫る。岩場を下るように突き進むその動きは、並の戦士であれば逃げるしかできないほど俊敏であった。
しかし、ユークにとっては――次の瞬間、肉薄する魔物へ向かって剣を振った。ヒュン、と一つ風切り音がしたかと思うと魔物の頭部が寸分違わず両断される。
それで動きに力がなくなり、魔物はユークを通り過ぎて地面へ落ちる。倒れ伏した魔物はやがて消し炭のようになった。魔物は魔力を使って体を構成しているが、死ねば魔力を維持できなくなり、体は一瞬でボロボロになる。
ユークが魔物撃破を確認した矢先、残る魔物三体が一斉に襲い掛かってきた。
「おっと、ずいぶんと頭がいいな」
単独では倒せないと判断し、一斉に攻撃を仕掛けた――魔物同士の連携がとれているのをユークは即座に理解し、迎撃態勢を整えた。
魔物は正面と左右――三手に分かれ攻撃を仕掛けてきた。しかも同時ではなくほんの少しタイミングをずらした波状攻撃。ユークは一瞬、これほど完璧な連携が自然発生の魔物にできるのかどうか、と疑問を抱いたがすぐさま思考を戦いに戻す。
魔物の攻撃は完璧であり、付け入る隙はない――ように見えるが、ユークにとっては難なく対処できる範囲であった。
「はっ」
短い掛け声と共に放った剣戟。それはユークから見て右にいる魔物の頭部を水平に捉え、その個体は力をなくした。ここで左側の魔物が今にも首筋へ噛みつこうと迫るが――右の魔物を斬った流れで剣を振る。
それはすくい上げるような軌道を描いて魔物の顔を真っ二つに。次いで、真正面から来る魔物へ剣を振り下ろす――ここまでの動作、一秒足らずの出来事。ユークは握りしめる剣を自在に操り、突撃してくる魔物の頭部全てを薙いだ。
そしてユークは魔物達の突進を難なく避ける。結果、力をなくした魔物達は相次いで地面に激突し、全ての個体が例外なく滅びた。
「……結構厄介な魔物だったな。この山で成長し、狡猾になったのかな?」
魔物は生まれた直後、獣の本能により動く。知性はなく、動くものを無差別に狙うくらいしかやらないが、年数が経てばそれだけ知能を得て警戒するようになる。特に人間相手ならばなおさらだ。
「ま、調査名目だけど魔物撃破ということで終わり、かな」
言いながらユークは地面に剣を突き立てた。そして手に魔力を込め――目を閉じる。
「精霊よ――我が声に応じ、魔の者を指し示せ」
刹那、剣の先端から地面に魔力が溢れる。それは白い光の粒子となり、花が咲き誇るように広がると、周辺に散った。
使用したのは魔力を捕捉する索敵魔法。短い詠唱と共に魔力を発し、それを利用し魔物などの存在を感知する。文言に精霊、とついているが実際に精霊を使役しているわけではなく、地面に存在する魔力を精霊に見立て、その力を利用し索敵範囲を拡大している。
ユークが使用する魔法の索敵範囲は、それこそ山のある周辺――魔法書に記された内容を見てもっと範囲広げられないかなと色々検証した結果、こうなった。その気になれば国全体に広げられるかもしれないが、消耗が激しいのでやったことはないし、魔物に関する騒動などここ数年起きていない国なので、やる必要もない。
索敵時間も一瞬で済むこの技法は、広まれば極めて革新的な魔法なのだが、現時点ではユークにしか使えない――
「汎用的な魔法を開発する能力が足らないのは、課題とも言えるかな」
周辺に魔物がいないことを確認し、ユークは魔法を解除しながら呟いた。山ごもりで得られた修行はあくまで勇者として強くなるためのもの。その技術を誰もが扱えるようにするという開発能力までは、さすがに教えてもらえなかった。
「そもそも勇者という存在が特別であり、だからこそ特別な教育を施すため……か」
頭をかきつつユークは山に背を向ける。調査報告を行い、仕事は終わりだ。
魔物はいたが、その場で駆除したという旨を伝えればいいと考え、ユークは淡々と山を下りる。その道中でふと考える。自分は何者なのか。
ディリウス王国の庇護を受ける勇者――そこは間違いない。家出をしたので庇護下なのか疑問を抱くが、歪な形であれここまで育ててもらった恩義はある。
自由に旅をするが、国に貢献するような仕事はしよう、とユークは心に決めていた。とはいえ、
「俺の出番があるような場合って、魔族が現れるとか国の危機が発生した時だよな……」
破壊と滅びをもたらす種族、魔族は世界各地に存在し居を構える。けれど彼らは独自に生活圏を築き人間とは干渉しない形で暮らしており、過去百年くらいは人が統治する国々に現れたことがない。
勇者の役目は基本、他国の抑止力となり象徴として置かれる――歴代の勇者達はそうして国の保護を受け一生を全うした。山ごもりという鍛錬をしても、それが活かされるケースは近年皆無。
「何も知らなければ受け入れていたんだろうけど……」
勇者は学園に入り勉学に励むが、卒業後はその立場により贅沢三昧だって可能だ――勇者の中には酒と女に溺れるような人もいたらしいが、ユークはそんな風になるつもりが毛頭なかった。
「とりあえず、バンテルで資金を貯めて……そこからどうするか、だな」
呟いた直後、ふと育ての親である翁の顔が頭に浮かんだ。今頃どうしているのか――気になりつつユークは町へ戻ることとなった。