ある組織の長
戦闘態勢に入ったユーク達に対し、純白の魔物はすかさず両手をかざした――敵意ある存在を見つけたら即座に始末するように、命令が付与されているらしい。
(つまり、魔物を生み出してから誰かが命令を与えている……? それとも、元々そういう命令を与えられるような術式で生み出されている?)
前者であればそう難しくはない――が、仮に後者であれば相当高度な術式を用いていることになる。
(勇者が組織的に動いているとしたら、後者である可能性は高いかもしれないな……でも、そうなるとますますわからない。組織はなぜこんな魔物を生み出している?)
勇者の価値を高める、あるいは地位をよくするのであれば凶悪な魔物を数体生み出すより、大量の魔物を生み出せる方がいいはずだ。実際、そうした存在で町を脅かし、勇者が倒せば価値が引き上がるのは間違いない。
(勇者という存在の地位を上げる、という主旨ではないのか……? 勇者オルトは現在の勇者制度に対し良い感情を持っていなかったから、国に反抗するため組織に所属した……だとしても、やはりこんな魔物を作り出す動機がわからないな)
考えながらもユークの体は動く。純白の魔物が魔法を放つより先に、一気に迫ろうとする。
それはシアラやアンジェを完全に置き去りにするほどの速度だった。なおかつ純白の魔物すら対応できないほどの速度――多少なりとも距離はあったはずなのに、ユークは時間跳躍でも行ったのかと思うほどの速度で間合いを詰め、剣を一閃した。
斬撃によって純白の魔物はあっさりと両断され、勝負は瞬く間に決した。ユークがふうと息をつく間に後方からシアラが近づき、
「私達は必要なさそうね」
「いやいや……あの魔物は魔法を使っているけど、そのやり方を変える可能性もあるわけだし、油断は駄目だよ」
「これほどの魔物を倒しても気を緩ませることすらない、というのはさすが史上最強の勇者、と言うべきかしら」
「その称号、個人的にはだいぶ重たいんだけど……」
コメントしつつユークはシアラへ一つ提案する。
「大森林にいる純白の魔物は倒したけど……これからどうする?」
「ひとまず私は所領に戻るべきね。ただあなた達二人、さすがにこの足で国を越えるわけにもいかないでしょう?」
「そうだな……こちらも都合がある。ひとまず、町へ戻るとするよ」
「なら、そちらの都合で所領を訪れてくれればいいわ。街道を東へ進めば国境に辿り着き、その先にある宿場町から北へ進めば居を構える町へ到達するから」
「わかった。それじゃあひとまずここで解散だな」
――そうして、あっさりとユーク達は別れた。シアラ達の姿が見えなくなると、ユークとアンジェは相談を始める。
「ひとまず、報告書だな……アンジェ、頼む」
「はい、わかりました……ただ、今回の件はさすがに受け入れてもらえるかどうかわかりませんが……」
「そうだな。ただ、ちゃんと許可とかもらわないと問題になりそうな気もするし……時間が掛かるようだったら対応を考えないといけないかな」
「ユーク様としてはシアラ様に頼るのが良さそうだ、という判断でしたが……」
「アンジェとしては何か意見ある?」
「いえ、私としても拠点とするならシアラ様に頼るのが有効だと感じましたので……」
「町へ戻ってから一度ゆっくり考えるとしよう。シアラだってすぐに来いと言っているわけでもないし」
あるいは、選択肢を持っておくだけで、もうしばらくは旅を続けるということも――ユークがそう結論を導き出した時だった。
「……アンジェ、止まって」
「え?」
聞き返したが彼女は指示に従い足を止める。ユークはそれと共に右手で剣の柄を握り戦闘態勢に入った。
「気配的に悪い人ではなさそうだけど、ここまで気配を消しているんだ。警戒はさせてもらうよ」
「……私に気付きますか。さすがですね」
女性の声だった。極めて冷厳かつ、心の中にスッと入ってくるような溶ける声。
やがて茂みをかき分ける音がして、姿を現した――白を基調とした貴族服を着た女性。青い髪を三つ編みにし、眼鏡を掛けた女性であった。
「……あなたは」
声を発したのはアンジェ。それにユークは反応し、
「知り合い?」
「直接会話を交わしたことはありませんが、見たことはあります……シャンナ=ロードウェル。現役の勇者において格付けするとしたら――」
「最強、などと呼称されておりますが、正直私自身は荷が重すぎる称号ですね」
――ユークも聞き覚えがあった。勇者、と言われディリウス王国には誰もが認知している人物が三人いる。その一人が彼女、シャンナ=ロードウェル。
勇者でありながら勇者を管理する『戦士院』の長。まさしく勇者を統べる存在――そんな人物が、突如目の前に現れたのだった。