女勇者
「私の名はシアラ=ミューレン。そして従者のランネ=レビット」
自己紹介を行う女勇者シアラ。次いでユーク達が名を告げると、シアラは眉をひそめた。
「……名は聞いたことがある。確か、近日中にお披露目されることになっていた勇者の名、だったかしら?」
「知っているのか?」
「噂は入っているわ。史上最強の勇者……そんな通り名があれば、他国の勇者だって耳をそばだてる」
(そんなものかなあ)
ユークは自分の名が下手すると他国にまで広まっている知り、頭をかく。そしてシアラは、
「自身としては最強、などと思っている様子はなさそうね」
「……俺自身、周りの人に驚かれるようなことをしている自覚はあるけど、だからといって史上最強、なんて称号が当てはまるのかは疑問だな」
「殊勝ね。先ほどの戦いぶりを見る限り、その異名は決して間違いではないと思うけれど」
そんなことを言うシアラ。と、ここでユークはアンジェが目を見開いていることに気付いた。その様子を見たユークは、
「……えっと、俺は正直勇者の名前とかに疎いけど、もしかして有名だったりする?」
「アンジェさんが驚いているから、そう思ったのかしら? 社交界ではそれなりに有名だから、親を通して知っているのではないかしら?」
アンジェはその言葉に首肯する――なるほどとユークは理解し、
「つまり政治的な意味合いで有名だと」
「ミューレンの名は、ログエン王国では有数の貴族の家柄だと認識されているからね」
「そんな有名人が、なんでこんなところに?」
「全てはあの魔物のせい」
「純白の姿をした……あの魔物?」
「ええ、名前などはないから純白と私は呼んでいるけれど……まず、ミューレン家はシュバーレイド大森林に程近い場所に所領を持っている。そして、この大森林のログエン王国側を実質庭のように管理をしている」
「なるほど、そうした中であんな魔物が突如出現した」
「しかも自然発生ではなく明らかに人為的な気配を漂わせている……放置する理由はないでしょう?」
「確かに自分の庭に正体不明の存在が現れたら、対処するのは当然の話だ」
「勇者として私が対処することにしたのだけれど、これはあくまで私的なもの。庭の内側だから、あくまで内々に処理する……つもりだったのだけれど」
「国境を越えてしまったと」
「本来ならば見つからないよう密かに行動するべきなのかもしれないけれど、武器が破損してしまったので町に入るしかなかった……所領に戻る選択肢はあったけれど、あの魔物はすぐに対処すべきだと判断して、ね。一応、戦士ギルドには魔物討伐をしている旨を通達してあるから、国側ともめ事になる可能性は低いと思うけれど」
(なるほど、だから戦士ギルド側は神経質になっていたのか)
ユークは納得しつつ、さらに言えばギルド側としても事を荒立てないよう、ギルドに所属している者達に対してもあまり情報を開示しなかった。結果、町ではなぜこんなところにいるのかと、注目の的となった。
(でもディリウス王国側に連絡はしているみたいだから、騒動になることはないか)
「結果としては、あなたの助力を受けてどうにか討伐ね。でも、他に魔物がいないとも限らないけれど」
「索敵した範囲ではいなかったけど、どういう経緯で魔物が発生しているのかわからない以上、また出ないとも限らないな」
「索敵範囲は?」
問い返すシアラ。それに対しユークは事もなげに、
「森林地帯におけるディリウス王国側全部」
「……は?」
「さすがに索敵とは言えど隣国を調べるのは遠慮したけど、やろうと思えば大森林全体を調べることもできる」
目を丸くするシアラ。とはいえ涼しい顔をするユークの姿を見て彼女は、
「なるほど……こういうところでも規格外、ということかしら」
「単に森や山で育ったから、こういう魔法を使うことが多かったというだけだよ」
「そういうことにしておきましょう……ログエン王国側も調べることは可能よね?」
「一応は」
「なら、試しにやってもらえる?」
「……国際問題とかにならないよな?」
「私達が言わなければいいでしょ?」
それはそうなのだが、とユークは内心で思いつつ、シアラの目は本気であったため、
「わかった。ただ、後でごちゃごちゃ言われても俺は知らぬ存ぜぬで通すからな」
「大丈夫よ」
ユークは立ち上がる。そして索敵魔法を使用し――
「……あー、いるな。それらしい個体が」
「ログエン王国側に?」
「国境付近だな。境界を分けている川の付近にいる」
と、ここでユークはシアラに目を向けた。
「現地へ赴いて倒すのも選択肢であるけど……迂闊に俺がそっちの国に足を踏み入れたら問題にならないか?」
「心配性なのね、あなた」
「誰にも言わず家を出て旅をしている状況で、騒動を起こしたら無理矢理にでも連れ戻されるだろ」
「私達が喋らなければ誰にもわからないわ。手を貸してくれるのであれば、こちらとしても謝礼は出すけど」
謝礼、というものにユークは興味が出なかったが、一緒に戦った方がいいのは事実。
「よし、それじゃあ共闘といこうか――」




