勇者の制度
三日後、ユーク達は勇者オルトと彼の仲間と共に町を出た。時刻は早朝であり、住民達が大騒ぎしないよう配慮してのことだった。
移動は馬車を用いることとなり、天幕が張られたそれによって街道を進む。御者はオルトの仲間が行い、旅そのものはユークにとって快適かつ、穏やかなものだった。
「しかし、ずいぶんと殊勝だな」
と、オルトは道すがらユークに対し告げた。ユークが何の目的で旅に出たのか(当然、家出したなどとは言わず、魔の気配云々を語った)を説明した時のことだ。
「どうやら君が感じた気配は真実みたいだが、もし勘違いだったらどうするつもりだったんだ?」
「少なくともある程度旅をして成果が上がらなければ、おとなしく城へ赴いていましたよ」
「ほう、そうか……で、だ。君が城の人間を頼らないというのは……つまり、そういうことだよな?」
察した様子のオルトにユークは「はい」と返事をする。
「可能性は排除した方が良いと思いまして」
「まあ確かに……だが、それを言うなら俺も可能性はないか? 国と関わりがある勇者だからな」
「最初に顔を合わせた時、問題ないと判断しました」
「俺の雰囲気を見て取って? なるほど、見定めるために俺の所を訪れた、というわけか」
「そもそも、勇者の称号を持つ方は大丈夫だと思っていますから」
「立場的に勇者大丈夫だという判断か? とはいえ、勇者にも色々いるからな」
オルトはユークへそう語ると、
「証を持っているだけで特権を与えられる存在だ。人格は関係がないからな……変わり者も多い」
「だからこそ、勇者の証を持つ人間をどうするかは国が決める、ですね」
「そうだ」
と、ここでオルトはユークを見据えた。
「君は極めて閉鎖的な環境で育ったわけだが、君の目から見て勇者を育成する制度はどう思う?」
「……複雑ですね。まだ期間としては短いですが、旅を通して自分が育った環境が特殊であることは理解しました」
実際はもっと早くに気付いているわけだが、それはあえて話す必要はないとユークは断じる。
「証を持つ人間の力……放置すれば厄介事を招くことから、国が保護するのは納得ができます。ただ、勇者の制度そのものを肯定するかと言われると……」
「微妙、というわけか」
オルトは次にアンジェへ目を向ける。
「お嬢さんはどうだ?」
「……わかりません」
「ま、難しい問題か。俺も君達と似たような形で教えを受けて剣を手に取り戦っている。複雑な気持ちになるのは当然だと考える」
オルトはそこで、二人へ向け笑みを浮かべる。
「ま、どれだけ君達が強いからといって、国のあり方を変えるような力は持っていない。これが正しいのか、それとも間違っているのか……それらを含め、ゆっくり考えればいい。もっとも制度を変えたければ……無茶苦茶大変だろうけど、な」
「自分達にできるとは思えませんね」
ユークの発言。オルトは「確かに」と苦笑しつつ、
「ただ、勇者の中には少しでも制度を変えるべきではないか、と考えている人間もいる」
「そうなんですか?」
「俺達勇者は『混沌の主』という古に暴れ回った存在を打倒した人間……その力を持つ者だ。それは後世に同様の存在が現れても対抗できるように、という意味があったわけだが、正直そんなものが再び出現するとは考えにくい。それを踏まえれば、勇者としてわざわざ幼い頃から隔離して教育を受けさせる、なんて必要性は薄いと思わないか?」
問うオルトにユークとアンジェは黙る――両者共に考える。それにオルトは、
「いつ何時『混沌の主』が出現してもおかしくない。常在戦場、とにかく鍛錬あるのみ……なんて考える勇者は、今の時代ゼロだし」
「そうなんですか?」
「より正確に言えば、最初そう思っていてもいずれそんな考えは捨てるよ。ディリウス王国を含め諸外国は平和だ。戦争もないし各国にいる勇者同士が戦うなんてこともない……勇者という存在の枠組みを、考え直す時期に来たかもしれない、と俺は考えている」
「しかし、魔物は出現しています」
アンジェが言う。確かに魔物という脅威を考えれば、勇者の存在意義はありそうにも思えるが――
「昔と違って、魔法技術も発達し証を持たずとも魔物に勝てるだけの力がある。個々の力ではなく、集団の力……今後、必要なのはそれだろう」
オルトはそんな風に述べる――と、ユークは語る彼の姿をじっと見据える。それはまるで、何か探っているかのよう。
「と、話しすぎたな」
しかし彼はここで話を打ち切った。
「これはあくまで俺の考えだから、告げ口とかはやめてくれよ」
「はい、もちろん……お話、ありがとうございました」
ユークが礼を述べる。それにオルトはどこか満足そうな表情を浮かべたのだった。