勇者三人
――翌日、ユークとアンジェは戦士ギルドで資料漁りなどはせず、とある宿を訪れた。そこは勇者オルトが宿泊している宿屋である。
「……ユーク様」
その入口でアンジェは問い掛ける。
「提案には同意しましたが、意図について詳しく聞いていません……その、何やら熟慮した結果のようですが、騒動などは起きませんよね?」
「大丈夫。さすがに勇者同士で争うなんてことにはならない」
ユークはアンジェへ告げながら宿屋を見据える。ユーク達が泊まっている宿屋と比べ十倍くらい高級感があり、まさしく選ばれし者しか入れない場所、といった雰囲気である。
「事前に確認したけど、アンジェ」
「はい」
「勇者オルトとの話は基本俺がするけど、ひとまずアンジェの名……それを利用する形になる」
「そこは構いませんよ」
「よし……行こう」
宿の中へ。エントランスは広く、すぐさまユーク達へ見て声を掛ける男性が現れる。
「失礼ですが――」
そこでアンジェが前に出た。すぐさま名乗り出て、なおかつ彼女は懐からペンダントを取り出す――それはエインディット家の人間であること示す、複雑な意匠の紋章が彫られている物。
「勇者オルト様へご連絡することが」
「なるほど、わかりました。ひとまずオルト様へご連絡します」
国の人間であることを明示し、宿の人間はすぐさま勇者オルトへ連絡へ向かう。その間、ユーク達はしばし入口付近で待っていたのだが――
「お待たせしました」
先ほどの男性が戻ってきて、ユーク達へ告げる。そして勇者オルトの下へ案内を始めた。
廊下を進み、階段を上がり――やがて辿り着いたのは仰々しい装飾が施された扉。男性がノックをすると中から「ああ」と返事が聞こえた。
「どうぞ」
男性が扉を開ける。中は――宿の外観にふさわしい、広い個室が広がっていた。
ユークは無言のまま入室する。中にいたのは勇者オルトただ一人。そして相手はユーク達を見て、にこやかに応じる。
「国からの伝令らしいが」
そこでアンジェも中へ。すると案内をした男性が扉を閉め、この場には三人だけとなる。
ユークはまず自分のことを話すべきか、それとも――瞬間的に思案した後、口を開く。
「その前にお一つ確認を。討伐状況はどうなっていますか?」
「仕事は進めているよ。現在報告書をまとめているところだが、おおよそ予定通りといったところだ」
「わかりました……と、詳細を語る前に自己紹介を」
「うん?」
眉をひそめるオルト。伝令が名を語る必要はないだろうということだが――彼が話し始める前に、アンジェが紋章が刻まれたペンダントを手にしながら告げた。
「アンジェ=エインディットと申します」
「エインディット……その名は知っている。君は現当主の娘さんか。そして、勇者候補の一人でもある」
(勇者であることに加え、国の事情なんかもしっかり把握しているみたいだな)
ユークは内心でオルトをそう評した後、
「ユーク=ハイメッドといいます」
「……ユーク?」
そして、オルトはユークの名にも反応する。
「その名は……確か、近日中に世間へ公表されるであろう勇者の名だが……」
「本人です」
「そちらのお嬢さんもそうだが、双方とも魔法学園に入学するくらいの年齢だろう? 何故伝令など――」
と、ここでオルトは察した様子。
「ふむ、伝令というのは嘘か」
「すみません、こうでもしないと案内してもらえなかったと思いますので」
「そこについてはわかった……が、話は見えないな。どういう経緯でここに来た?」
「……勇者オルト様のお力を借りたく」
ユークは丁寧な口調で語った。同じ勇者として――というのが伝わったか、オルトはどこか感心するように、
「ほう、ちゃんと礼節もわきまえているか……史上最強勇者、なんて噂されていたが、ずいぶんと殊勝だな」
「……自分の噂は、勇者の間では広まっているんですか?」
「いや、さすがにそういうわけじゃない。俺は国とやりとりをすることが多いから単純に知っているだけだ。勇者連中の中には極力国と関わらないようにしている奴だっているから、そういう人間は君の名前も知らないだろう」
オルトはそこで肩をすくめた。
「ま、勇者は例外なく国の管理下に置かれるし、そういう人間は実質実績を上げない名ばかり勇者だがな……その点、既に活動している君は違うようだ」
(……とりあえず、取り入りは成功か)
ユークは内心で呟く。同じ勇者、ということでどういう反応をするのか多少リスクはあった。場合によっては反発される危険性もあったが、
「こうしてここまで来た以上、俺の能力を見越してのものだろう。何について教えて欲しい?」
その問い掛けに、ユークは一度アンジェへ視線を向ける。彼女は黙って頷き、
「……今から語ること、この場における秘密にしてくれませんか?」
「国には報告するな、と。いいだろう」
あっさりと了承したオルト。そこでユークは語り始めた――




