情報と勇者
ユーク達は遭遇した漆黒の魔物――その情報集めとして戦士ギルド内にある資料を漁り始めたが、数時間後には難航していた。
「うーん、そう甘くはいかないか……」
ユークは椅子に座り資料を読みながら感想を述べる。
ロミウスには様々な依頼が舞い込んでくる。その上、種類も多い。魔物討伐や調査などに絞って資料を読んでも、量は膨大であり二人でも相当に時間が掛かりそうな雰囲気であった。
「アンジェ、直近数年くらいの資料を調べるだけでいいからな」
「わかっていますが……それでも多いですね、これ」
「三日経っても終わりそうな気配がないな……まあ、文字通りしらみつぶしだから効率悪いのもあるんだけど」
受付にいる女性に聞いても、さすがに資料全てを記憶しているとは思えないので、結局資料探しを続けることになるだろう――とりあえず一日くらい作業を進めればコツくらいはつかめるかもしれないが、それでも量が量なので大変そうではあった。
「前途多難だけど、さすがに一日経たずして放り出すのもダメだな。アンジェ、今日一日くらいはひたすら情報探し、いいか?」
「大丈夫です」
彼女は返答しつつ視線は資料の上。その姿はどこか生き生きとしており、ユークはもしかして読書が好きなのか、と推測する。
(まあ作業が楽しければそれはそれで……)
そんな風に思っていた時、ユークはギルド階下がザワザワし始めたのに気付いた。
「……ん?」
「どうしました?」
小首を傾げるアンジェ。だがその直後に気付いたようで、階段へ目を向けた。
「何かあったのでしょうか?」
「行ってみるか」
ユークが先導する形で一階へ。すると傭兵や冒険者が相次いで外に出て行く光景があった。
「……何でしょう?」
アンジェが呟く間にユークもまた外へ出る。そこで、大通りもまたざわついているのを目にした。
「何かあったな」
ユークはそう呟きつつも、ネガティブなことではないと判断。人々の表情が明るいためであり、すぐにその理由がわかった。
大通りを、複数人の人物が歩いてくる。人々の目当てはどうやら彼らであり――そこでアンジェが声を上げた。
「あれは、勇者一行ですね」
「知っているのか?」
ユークは問い掛ける。
「はい、あの先頭を歩く人物が、現役勇者の一人、オルト=マレンガー氏です」
アンジェの解説の間にオルトという人物がユーク達へ近づいてくる。見た目的には二十代半ばほどだろうか。精悍な顔つきに燃えるような夕焼け色の髪。背負う剣からは魔力が漏れ出ており、否が応でも注目の的になりそうな気配を漂わせている。
そうした中、ユークは勇者オルトを見据える。まるで何かを探るようであり――
「確か、オルト氏は魔物討伐に出ていたはずです」
その間にアンジェがコメントをする。
「国からの正式な依頼で……詳細までは知りませんが、王都でそういう話を耳にしたことがあります」
「……アンジェが俺の所へ来る前の時点でそういう話が出ていたってことは、それなりの期間を魔物討伐に費やした、ってことか」
(それは俺達が調べる魔物と関係あるのか?)
ユーク達がオルト達を観察していると、やがて一行は宿へ入った。それで人々は散らばり始める。
「ここを拠点にしているのかな?」
「かも、しれませんね。調べてみますか? 私達が追う魔物と関係しているかもしれませんし」
「そうだな……」
ユークは頷き、一度ギルド内へ引き返すことにした。
勇者オルトの詳細については、あっさりと情報が出た。彼らは定期的に戦士ギルドにも報告しているらしく、調べるのに三十分も掛からなかった。
国からの正式依頼というのは「群れを成して出現する魔物の討伐」であること。そして、それが複数の場所であったこと。さらに詳しく調べると、近年魔物の発生が多くなっているらしく、それで勇者が駆り出されているらしい。
「一定の周期で、このようなことが起こっているみたいですね」
アンジェは告げる――場所は戦士ギルドを離れとある飲食店。時刻は夕刻を迎え、今日得た情報の整理と食事のためにここを訪れていた。ちなみに料理は注文したばかりでまだ来ていない。
「頻度としては百年周期。今がどうやらそのタイミングと重なっているようで」
「原因は瘴気の発生が多くなった、とかだな」
ユークも書物で読んだことがある。季節が巡るように魔力の特性が変わり、魔物が生まれやすくなるタイミングがある。
「はい、それで現役の勇者が国からの依頼で色々と動き回っていると」
「ふむ……」
「私は最初、ユーク様はこれに関係していると思っていたのですが……」
「遭遇した魔物のことを考えると、毛色が違うな」
ユークの言葉にアンジェは「そうですね」と同意する。
「間違いなく、異質でしたから」
「あの魔物が仮に人為的なものだとしたら、多数魔物が出現するタイミングに乗じて動いているのかもしれない。魔物が多くなれば目立たなくなるからな」
「報告書が届けば動いてもらえると思いますが……」
「そうだな……で、だ。アンジェ、一つ提案があるんだが――」