情報収集
数日後、ユーク達は目標としていた町、ロミウスへ辿り着いた。交易の要所ということもあって町は大規模で、大通りを歩く人の姿も多い。ディリウス王国において一番かどうかはわからないが、間違いなく三本の指に入るであろう、活況さを持っている。
ユークはまず戦士ギルドを訪れる――ちなみに町へ入ってからここへ来るまでにユークはアンジェのことを少しばかり観察していたのだが、大通りで立ち並ぶ装飾品や宝石を見ても眉一つ動かさなかった。
(勇者として教育を受けてきた以上、欲しい物などもないってことかな)
ただ、同時に栄達を望んでいるというわけでもない――ユークは思考しつつ仕事が張り出された掲示板を確認。
「人が多い分、依頼も多いな……」
とはいえ、護衛任務が非常に多い――街道には魔物が出る、というのも事実ではあるのだが、他にも盗賊など人間が悪さをするケースもある。ロミウス周辺に魔物が生まれる瘴気が存在する場所がそう多くないこともあり、人間相手の仕事が多い様子。
「ユーク様」
依頼を一瞥した後、アンジェは口を開く。
「魔の気配……その調査をするにはあまりよさそうには思えませんが」
「俺達としては人間相手より魔物相手の方がいいだろうな」
――現在は勇者という身分を隠し活動しているが、例えば仕事を引き受けどこぞの商人の肩入れをしたとする。その後、ユーク達の素性が露見してしまった場合、政治的に面倒な問題が起こらないとも限らない。
(可能性は低いけど、アンジェの方は貴族の家系だからな。騒動になりそうな可能性のあることは首を突っ込みたくはない、かな?)
とはいえ、ユークはこの状況を想定している。どうするべきかは既に決めていた。
「こういう場合は調査依頼などをやろう」
「調査ですか?」
「ああ。このロミウスは言わばディリウス王国の中心地の一つであり、交通の要だ。こういう場合、色々な情報が集まるし、遠方からの依頼も舞い込んでくる」
「その中で魔物調査などを引き受ければ、魔の気配に近づけるというわけですか」
「あくまで一つの可能性だけど……ま、手がかりというものがほとんどない以上、しらみつぶしにやっていくしかない。資金稼ぎの過程で何かしら情報が得られればラッキー、ぐらいの感覚でやろう」
「わかりました」
軽い提案だったのだが、あっさりとアンジェは従う様子。
(……俺の考えについては全肯定するみたいだな)
史上最強勇者という肩書きと、実際に魔物と交戦し危機的状況を打破した能力――その二つによって、アンジェはユークに付き従おうと心の底から決めた様子。
(俺としては動きやすいけど……ただ、これは勇者候補としての教育によるものだよな)
もう少し、我を強くしてもいいのでは――と思ったが、それはある種学んできたことの否定でもある。
(俺も、自分の生活が歪なものであると気付いた時、複雑な気持ちになったからな……大通りの商品を見ても反応ない以上、感性を普通の人のようにする、というのは非常に難しい)
もっとも、それをする必要性があるかと言われると――メリットについては正直ない。
(魔の気配なんてものを追い掛けるために仕事をやる上では、現状の態度を示してくれた方がやりやすいのは事実。でも、それでは――)
「ユーク様?」
ふいにアンジェが名を呼ぶ。そこでユークは、
「ああごめん、色々考え事をしていた……調査依頼については、これだな」
掲示板に貼られているいくつかの書類を手に取る。町から結構な距離のある仕事であった。
「うーん、遠方まで行くのは別に構わないけど、ただ淡々と仕事を引き受けるだけだと、空振りの可能性が高いよな」
「なら、情報集めですか」
「そうだな。俺達が遭遇したような魔物……賞金首よりもヤバい魔物と遭遇した、なんて噂でもあったらそこをきっかけにして……本来は色々な場所で情報集めはした方がいいけど」
と、ユークは肩をすくめた。
「俺とアンジェは新米冒険者かつ、年齢的に酒を飲めそうな見た目をしていないし、酒場に入るのは厳しいかな」
「入れても、馬鹿にされるだけで終わりそうですよね」
「ここはどれだけ強くてもどうしようもないんだよな……ふむ、色々な場所を冒険する人とか、そういうのを戦士ギルド内で探して聞き込みしてもいいけど……」
「まずは、資料から調べてみましょうか」
「ああ、そうだな……紙の資料――報告書で何か怪しい情報がないかを探してみよう」
ユークの提案にアンジェは頷き、二人は行動を開始する。といっても、戦士ギルドの奥へと向かうだけだが。
戦士ギルドには、その場所にあった仕事などの報告書や記録などが残されている。ロミウスは町の規模からも資料の数は多く、二階建ての建物の上階部分が資料で埋め尽くされていた。
「結構大変そうだな……とりあえず情報漁りを優先しようか」
「はい」
アンジェは同意し、ユーク達は資料を手に取った。