勇者の推測
ユーク達は宿を離れ、騎士の詰め所で報告書の送付をお願いしてから町を離れた。進路を東へ向け街道を歩き始めると、アンジェがユークに問い掛けてくる。
「バンテルを離れるんですか?」
「報告書がどこから来たのかはわかるし、あんまり留まっているのも良くない……それに、もう少し大きな町へ赴いて仕事を見つけた方が効率もいいし、良い武具もある」
候補はあった。バンテルからさらに東に、ディリウス王国の中でも一際大きな町がある。太い街道がいくつも交差する町であり、名はロミウス。
「ロミウスを拠点にしていくつか仕事をしよう……ちなみにだがアンジェ、報告書って不定期でいいんだよな?」
「ユーク様が頻繁に報告をすると煙たがられるだろうと推測し、何かあった場合のみでいいと」
「そこもお見通しか……」
ならなんで家出した事実は推測できないのか、などとユークは考えつつ、
「わかった。普段の仕事に関する報告の必要性はないだろう。俺達が遭遇した黒衣の魔物……あれに関する報告をすればいいかな」
「判別はつくんですか?」
「交戦した際に魔力は確認したし、採取もしたからな」
「いつの間に……」
驚愕するアンジェ。ユークは「大したことじゃない」と返答しつつ、
「さっきも言ったけど、基本は交戦せず逃げることを優先だ。一体だけなら対処できるかもしれないが、複数体いたらさすがにまずいし」
「あれほどの魔物が何体もいたら、それこそ国の一大事ですね」
「そうだな」
ユークは答えつつも、そういう事態にはならないだろう、と胸中で結論を出していた。
(あれはおそらく人為的に作り出されたもの……それでは一体誰がどうやって? という回答についてはまだ推測の域は出ていないが……)
交戦した際に得た情報を頭の中でまとめてみる。まず、根底に感じられたのは人間の気配。魔族の仕業ではなく、人間の魔力をベースにしている。
(魔族の技術を活用して魔物を生成した可能性はあるけど、少なくともディリウス王国内で魔族が出現したという事実はない。もしいたら既に大騒ぎしているはずだし)
では、どういうことなのか――ユークはさらに思考を続ける。
(人の手によって生み出された……で、魔力はずいぶんと渓谷と結びついていた。つまりあれは、自発的に大気とか大地とかにある魔力を利用し、魔物を作成したんだ。あの渓谷の魔力が魔物を作成するのに適していたから)
なおかつユークはある事実を見逃さなかった。それは魔物が姿を現した場所の周辺。直接確認したわけではないが――否、確認する必要すらなかったのだが、魔物がいたと思しき付近からは魔力が立ちのぼっていた。
(たぶん魔物の生成実験をしていた……渓谷にある魔力を利用して。ああいった魔物生み出すことができるのは、あの場所だけ……報告書には記載していないけど、現地へ調査へ赴けば国側もすぐに気付くはずだ)
そして問題は、誰がそんな実験をしたのか。
(それに加えて、あれほど強力な魔物を生み出せる術式……調査とはいえ、厄介な情報が山積しているな。そもそも手がかりがない)
ユークはここまで考えた後、小さく息をついた。
(なおかつ……あんな魔物を作成できるだけの術式は相当強力だし、魔法に必要な資材もかなり多いはずだ。だとすると、最悪の場合あまりにも面白くない可能性が浮かび上がってくる)
こういった考えをユークがアンジェへ伝えないのは、あくまで可能性であるため。最悪を想定すればユークが手紙に書いた「魔の気配」どころの騒ぎではないが、それはあくまで仮定の話。
(とにかく、情報を手早く集めて見極めないといけない……そして最悪を考えた場合、国に援助を求めるのは難しいな)
まさか家出の旅がこんな価値を持つとは――苦笑しつつ、ユークはアンジェへ告げる。
「何はともあれ、まずは武具を手に入れるための資金稼ぎだな。調査をするにしても山奥とかだろうから、色々と必要な物は多いだろうし」
「調査なら、魔法を使えばすぐに行けそうですが……」
「賞金首相手なら居場所が分かっているからなんとでもなるけど、さすがにいるかどうかもわからない敵を探すのであれば、準備はしたいところだ」
「確かにそうですね……」
「アンジェは何か欲しい物とかはある?」
その問い掛けにアンジェは押し黙る。
「あー、そんなに深く考えなくてもいいぞ?」
「……魔力を補給できる薬とかでしょうか」
「魔力回復薬か。その辺りはもちろん用意はするさ……とはいえ、俺達にとっては生命線だな。市販に売られている物、調合できる物を照らし合わせて有効な方を選ぶか」
「ユーク様、調合できるんですか?」
「レシピ本とかは読んでいるから」
「なるほど、さすがですね」
褒めそやすアンジェ。そういうコメントは別に必要ないけど、と思いながらユークは指摘せず、彼女と共に街道を歩き続けた。




