今後の方針
ユークは宿で一泊し、宿内にある食堂で朝食をとる。そこにアンジェがやってきて一緒に食べることになったのだが、
「そういえばアンジェ」
「はい」
「食事とか、口に合うのか?」
なんとなく尋ねてみる。そんな疑問を告げた理由は、彼女の出自が関係している。
(勇者候補として教育を受けてきたのは事実だろうけど、ご令嬢であることに変わりはないからな……普段から美味しいものとかを食べていたら、今の食事は合わないんじゃないか?)
「心配いりません」
しかしアンジェはユークへそう返答した。
「勇者としていかなる戦場に出てもいいように訓練はしてきましたから。私の出自から貴族である以上はこうした町で出る食事が合わないのでは、と考えたようですが」
「そうだな」
「私の家は質素倹約を是としていましたし、食事についても貴族というよりは町の人と同等だったので」
(……その辺りは、徹底するのかな?)
生い立ちが違うとはいえ、勇者という存在を育てる手法は似通っているのかもしれない、とユークは思った。
「ところでユーク様」
「うん、どうした?」
「報告書を作成しましたのでご確認をお願いします」
「ん、わかった。食後に」
――そして食事を終えて、ユークは報告書を確認する。
「ものすごい簡潔な文章だな……うん、わかりやすくていいと思う。これで提出してくれ」
「わかりました……それで、一つ疑問が」
「どうした?」
「ユーク様は旅を同行することについて、認めて頂きましたが……ユーク様が倒した魔物を考慮すると、私でも力不足である可能性があります」
「……ふさわしい従者に交代するべき、とか考えているのか?」
「ユーク様のご判断に任せようと思いまして」
どうするか、とユークは悩む。昨日、骸骨騎士を倒した能力を踏まえれば、十分な力を持っているのは事実。しかし、その後に出現した黒衣の魔物――確かにアンジェは対応できていなかった。
(とはいえ、予想外の出現とか、色々な要因が重なったしなあ……)
確かに今後、ああいう魔物と交戦する必要があるのならば、他にふさわしい人物がいる、かもしれない。ただ、
(そもそも、今後出てくるかどうかもわからない上に、ここで交代だ、なんて言うと彼女がどうなるか……)
ユークとしてはアンジェがここまで来た以上、どうにかして功績を持ち帰らせたかった。それが家出に巻き込まれた彼女に対する報いだと思っている。
(アンジェが不安に思うのはわかる。ただ、正直彼女の実力は騎士としてみれば屈指だろう。あの剣さばきは、関わった師と比較しても遜色ない)
「……不安を払拭する方法は、一つだな」
ユークはそう述べ、アンジェへ語る。
「ズバリ、やることは二つだ。さらなる修行と、装備の強化」
「修行は分かりますが……装備、ですか?」
「魔法を利用した武具とかなら、あの魔物の動きに対応できる手段を得られるかもしれない。アンジェとしては道具による底上げは不満かもしれないけど、早急にやるとしたらそれだな」
「ユーク様は?」
「俺も剣は新調したけどそれでは足らないし、旅をする上でもっと装備を整える必要があるとは思ってた」
(追っ手が来たら逃げられるように準備をしておくという意味合いもあったんだけど……)
心の中で呟きつつ、ユークはさらに続ける。
「俺は昨日の魔物を倒せたけど、正直あれは騎士が単独で対処できるレベルは超えていた。うぬぼれるわけじゃないけど、ディリウス王国でも指折りの勇者とかじゃないと対処は無理だったと思う」
「つまりユーク様は指折りの実力者であると」
「いやまあ、うぬぼれるわけじゃないって言ったけどさ……とにかく、あれに対抗できる人間はそう多くない。例え勇者候補であっても……あれは本来、隊などを結成して対応するレベルだ。でも、調査はしないといけないし遭遇したとして少なくとも逃げられるくらいの能力は得たい」
その言葉にアンジェは頷き、
「はい、ならば装備で……」
「あくまで応急処置だけど。で、武具を使わずとも対処できるよう鍛錬を続ければいい……まあ」
ユークはここで肩をすくめ、
「勇者の武具があれば問題は解決するんだけど」
――過去『混沌の主』を打倒した者達。彼らの能力を分析して生み出したのが、勇者の武具。非常に強力なのだが、勇者の証を持つ物にしか扱えない上に全て国の管理下に置かれている。今のユーク達が扱える物ではない。
(俺の手紙を信用してくれているのであれば、勇者の武具をくれ、と言ったら通りそうだけど……いや、さすがにそうなったら監視がつくよな。今はやめておくべきか)
「ま、無い物ねだりしても仕方がない。現状では今以上の装備を整えるところからスタートして、それでも厳しければ国に頼ろう。昨日は戦ったけど、基本は調査で戦闘は回避する方向で動くぞ」
「はい、わかりました……ただ装備を整えるとなったら――」
「そう。とにかく資金稼ぎだな。ただここはそう心配していない。俺とアンジェなら、仕事そのものはこなしていけるさ――」