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家出の理由

 そして、一人小屋から抜け出した少年は森の中を駆ける。ある程度まで突き進んだ後、立ち止まった。


「……ふ」


 次いで口の端には笑み。


「ははははっ――やったぞ! 家出成功だあ!」


 淡々とした口調などどこへやら、感情を爆発させた声と共にユークは両手を挙げ全身で喜びを表現する。


「ここまで上手いことだまし通せたな……小屋を作ってもらった時、監視とかされ続けるかもと思っていたが、家出準備をしていても全然気付かれなかったし……よしよし、完璧だ!」


 と、そこまで言ってふうとユークは息をつき、自分の姿を確認する。衣服は昨日着ていた物との色違いだが、白い外套を羽織り腰には鉄製の剣と左手には荷物を入れるためのザック。

 これらは全て今日のために準備してきた物だ。


「後は町へ赴いて……だな」


 ユークは衣服のポケットから何かを取り出す。それは銀貨――ディリウス王国で使用されている通貨である。

 山奥で、外界と隔絶した場所にいるのになぜこんな物を持っているのか――無論、盗んだわけではない。これはユークが苦労して得た自分の金である。


「と、喜ぶのはこのくらいにしよう。騎士が滞在しているし、すぐに追い掛けてくる可能性が高いからな。書き置きを見て納得するとは思えないし、とにかく近くの町まで全速力だ」


 言うや否や、ユークは動く――それこそ他者が追いつけぬほどの速度で、森の中を駆け抜ける。

 同時に心臓が高鳴る。それは息が上がったわけではない。ようやく自由を手にした――その興奮が、今も冷めやらぬ状態であったためだ。






 なぜ世間から遠ざけられていたユークが銀貨を持ち、感情を爆発させながら山を駆け下りているのか――その理由は、十歳の時に遡る。

 世俗の影響を与えないように教育を施される中でも、外界に繋がる人物は現れる。それは生活物資を運んでくる人間や、翁以外に魔法や学問を教える師。山奥で自給自足できるだけの糧を得られるとはいえ、野生児のような生活を送るわけにはいかない。よって国から依頼された人間がやってきて、時に翁は相手と世間話もしていた。


 それを見たユークは、なんとなく外界がどうなっているのか確かめたくなった――閉鎖的な現在の環境から逃れないという心情ではなく、純粋な興味。あらゆる剣術を瞬時に体得し、あらゆる書物を瞬く間に読破してしまうユークは、この場では知ることのできない情報に飢えていた。だからこそ、町へ行ってみようという考えに至った――翁や国の人からすれば、至ってしまったと言うべきか。


 ユークは商人の辿った道を調べれば町に辿り着くのではないかと考え、こっそり訪れる商人にお手製の使い魔を忍ばせてその道筋と距離を確認。結果、魔法を使えば一時間ほどの滞在しかできないが、赴くことは可能だと判断した。


 無論、町へ赴くにはバレないようにしなければならないため、いくつもの障害がある――はずだった。しかし十歳で既にあらゆる魔法書を読み漁り技能を習得したユークは、その才覚によって翁による監視の目をすり抜ける手法を編み出してしまった。


 そしてユークは訓練が休みの日に抜け出し――いとも容易く町へ到達することに成功した。自分のいる山へ来る人間に見られないよう注意を払いつつ、僅かな滞在時間で町を見て回ることができた。その最中、町の人と交流することにも成功。以降、ユークは翁の目を盗んで町へ何度も訪れた。


 その結果、ユークは自分の置かれた環境が極めて歪なものであることを理解した――三歳という何もわからない年齢から山ごもりをしていたためこれまで自覚がなかった。無論これは俗世に染まらないためという国の処置なわけだが、ユークはこれはさすがにやり過ぎなのではと感じた。


 そして自由に旅をしてみたい――そんな願いが芽生えるに至った。けれど当然、言えば反対されるし何をされるかわかったものではない。翁を始め国の人間は勇者として国に尽くすことを求めているからこそ、自分に優しく接しているのだ。もし自分の考えが悟られてしまったらどうなるか。


 さらに言えば、年齢的にもすぐ旅をするというのは無理。そこでユークは作戦を立てた。最初にやったのは密かに旅の準備を行うべく、一人になれる場所を用意――小屋を用意してもらったのも、旅をするための布石であった。


 加えて町へ向かう移動方法を短縮し、長ければ四、五時間程度滞在できる状態を確保。町へ赴き、仕事をして金を貯めることにした。子供とはいえ、人手が足りなければ短時間でも働かせてもらえる場所はあった。社会勉強にもなるしこれはこれで面白いとユークは思いながら、少しずつ旅の資金を稼ぐ。


 さらに十五歳前の段階で、学んだ剣や魔法によって仕事が出来るような態勢を整えた。具体的に言えばこの国には傭兵などが仕事を斡旋してもらうギルドが存在する。そこに登録(もちろん偽名)しておき、数時間でこなせる簡単な仕事を引き受けそれなりに実績を作っておく。


 数時間程度の滞在でやれることは高が知れていたが、それでもユークは複数の仕事をまとめてこなすくらいの能力があった――結果としてギルドから評価も受け、順調に準備は進んだ。


 そして翁に気取られないよう旅に必要な物を集め、一人旅を始めても問題ないくらいの年齢――騎士が訪れ王都へ連れて行かれる直前。このタイミングしかないと判断し、ユークはついに家出を実行。見事成功し、自由を得たのであった。


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