長い旅
アンジェがいる屋敷はユークが来訪してもあっさりと通された。彼女の父親である屋敷の主は今日もいない様子。
以前、共にお茶をした庭園でアンジェは待っていた。ドレス姿であり、どこか窮屈そうな印象を受けるし、どこか落ち着かない雰囲気だった。
「まだまだ着慣れない感じ?」
ユークが問うとアンジェは頷き、
「私は勇者であり、騎士だから……なのだと思います」
「自分の人生は剣と共に生きる、か」
「はい、そんな風に私は考えています」
その発言については確固たる意思があった。それでユークは頷き、
「……組織の長を倒す作戦前に、俺は全てをアンジェに話した」
「はい」
「感想とかは特に聞かなかった……アンジェも淡々と話を聞いていたな」
「どんな理由であれ、ユーク様は世界の脅威を打倒した。それは事実です」
「俺が旅を始めた動機よりも、成果の方が重要だと」
「例え組織がなかったとしても、ユーク様は人々のために行動していたでしょう」
どうだろう、とユークは考えたが彼女がそう述べるのも仕方がないとは思った。
ユークは家出をしたわけだが、その中で魔物などを倒していた。それは路銀を得るという意味合いもあったわけだが、脅威を見つけた段階ですぐに動いた。それは勇者としての自覚があったためであり、自由を得てもその性分は変わらなかった。
アンジェはその性分を考慮して、先ほどの言及をした――微笑を見せるアンジェに対しユークは頭をかく。
「高尚な人間だとは思わないでくれよ」
「はい、わかりました」
「……それで、だ。アンジェ」
「言いたいことはわかります」
そうアンジェは応じるとユークへ顔を近づけた。
「王都を、去るんですよね?」
「……作戦前に可能性は伝えていたけど、俺が言うことは察したか」
「そうですね。勇者として活動を?」
「まあね。今回の事件……組織は壊滅したし『混沌の主』に関するものも全て破壊した……と、思うけど残っている可能性は否定できない」
そう言うとユークはアンジェを見返しつつ、
「デレンドが保有していた資料……組織の拠点には、山奥にある施設も存在していた。そういった場所にまだ資料が残されている可能性は否定できない」
「国側としては調査に向かうと思いますが……」
「それにしたって時間が掛かるだろ? 今は組織の協力者が多数いたことで混乱している以上、そういった場所を調べるのはもっと先のはずだ」
「国が動くより先に、何者かが資料をかすめ取ると?」
「国にずいぶんと根を張っていた組織だ。構成員の数を考えれば規模も相当大きい……そうした中で、他の犯罪組織と手を結んでいた可能性は高い」
「そういった組織が、今度は力を手にすべく動き出すと」
ユークはアンジェの言葉に首肯し、
「あるいはもっと単純に、組織に加わっていた人間が力を求めて資料を集めるかもしれない。組織の構成員を余すところなく捕まえるのはかなり難しい。逃げ延びる人間だっているだろうし、そうした人間の中で力を得ようと動き出す人だって、間違いなくいるだろう」
ユークの言葉にアンジェは同意するように頷く。ただ同時にどこかユークのみを案じるような目を見せた。
「……その、ユーク様としては組織は壊滅しましたがまだ騒動が起きる可能性がある、と考えているんですよね?」
「そうだね」
「ユーク様としては関わった以上、追い続けるつもりだと思うのですが……組織の規模を考えると、お一人では限界があるでしょう」
「そうだね」
あっさりとしたユークの返答に、アンジェは驚いた様子を見せる。
「長い旅になっても……構わないと?」
「今回の戦いで、俺が持つ勇者の力……それが『混沌の力』があると暗に警告していたのは間違いない。今もその感覚はある……それがなくなるまで、旅を続けるつもりだ。もちろん、どれだけ時間が掛かるかわからない。一生を費やすかもしれない。でも」
と、ユークは肩をすくめる。
「騎士にならず、在野にいる勇者というのは……人々を助けながら旅をする存在だ。俺がやろうとしていることは、目標があるだけで他の勇者とさして変わるわけじゃないよ」
「そう、ですか……あの、ユーク様」
「うん」
「ここに来た、ということは……その……」
「アンジェはどうしたいのか、聞きたいだけだ。例えば従者として一緒に旅をしてくれ、なんて言うつもりはないし、言う権利もない」
ユークの言葉にアンジェは沈黙する。
「ただ関わった以上、知りたいだけだ……これは、単に俺のエゴと言えるかもしれない」
「……もし、私が再びユーク様の従者となったら――」
「俺は旅を止めるつもりはないよ。でも、アンジェは嫌になったら王都へ帰ればいい」
「……ならば従者にならないとしたら――」
「例えそうでも、たまにアンジェの所に会いに行くよ」
それを聞いて、アンジェはユークを見返す。二人の間に柔らかい風が駆け抜け、沈黙が訪れた。
 




