わずかな可能性
『無謀極まりないですが、ここであなた方が倒れるのも一興ですか』
余裕の態度を崩さないサーシャは、右手をかざし魔力を高めた。それと共に生み出されたのは漆黒の剣。
「接近戦をやるつもりか?」
ルヴェルが問うとサーシャは笑みを湛えながら、
『この場所はまだ利用価値がありますので、これ以上破壊するのは避けたいところですからね。それに、力を試すにはこの方が良いでしょう』
サーシャは剣が握られた右手に魔力を集める。それを見ながらユークは呼吸を整える。
(剣術勝負に持ち込んでも無意味だろうな)
そう判断する根拠は、紅の魔物にある。騎士の剣術を習得させていたという事実から、形のない技術というものを仕込める方法が組織には存在していた。
であれば当然、サーシャにもその力が――そこまで考えてユークは少し違うと考える。
(おそらく、魔物の特性……あれは『混沌の主』が持っていた特性を付与していたんだ)
『気付いているようですね』
ユークの呟きに呼応するように、サーシャが口を開く。
『私達が生み出した魔物。それは我が主の特性を少しずつ魔物に付与した結果です。最大の落ち度はその技術を組織内で共有したこと。デレンドが生み出した魔物は私が主導で産みだしたものとは少し特性が異なっていた。だからこそ暴走したわけですが』
「組織のやり方が気に食わない人が出てきたことが敗因だな」
『敗因? 確かに組織が壊滅してしまったことは、敗因と言えなくもありませんが――組織は、この力を操るために作り出したものです。我が主の力を手にした以上、もう必要もない』
そう斬り捨てると同時にサーシャは剣を構えた――それはまさしく、騎士の剣術。
『終わらせましょう、全てを。あなた方さえ始末できれば、王都はいくらでも蹂躙できる』
「個の力でやれることなんて高が知れていると思うが」
と、ルヴェルは応じつつも剣を構え、
「ユーク、そっちのやり方に任せるぞ」
「わかった」
あっさりと同意したユークにルヴェルは小さく笑った後、サーシャへ挑む。彼女は剣に魔力を湛え、それを迎え撃つ。
途端、両者の攻防が始まった。サーシャは到底剣など振ったことなんてなさそうだったが、その動きはまさしく騎士のそれであり、ルヴェルの剣をいなしていた。
技量、という面についてはルヴェルの方が上であるのは間違いない。騎士の剣術を習得しているといっても、勇者であるルヴェルと騎士とではその剣術に差が存在している。だが、サーシャに宿る『混沌の主』に関する魔力による強化が、技術的な差を埋めていた。
放たれるルヴェルの刃をサーシャは容易く受け弾いていく。勇者の剣戟を抑え込んでいるのは力によるものであり、さすがのルヴェルも対処の苦慮している様子だった。
「まったく……心底厄介だな!」
そう叫びながらもルヴェルは攻勢を止めなかった。その間にユークは魔力を収束させ、サーシャへ近づく。
アンジェやルヴェルの仲間達は戦いに飛び込むのではなく援護するという構えを見せ――ユークの斬撃が放たれる。
『無駄ですよ』
サーシャは冷淡な声を発しながらそれに応じる。剣同士が噛み合い一時せめぎ合いとなるが、さすがにユークも膨大な力を持つサーシャには敵わず後退する。
そこへ、サーシャが仕掛けた。ルヴェルかユーク、どちらを先に仕留めるか――彼女はユークが先だと考えたらしい。
『まずは、幾度となく邪魔立てしたあなたから』
「少し、恨まれているかな」
ユークは口の端を歪ませ小さく笑いながら、サーシャの剣をかわす。そして切り返した剣が、サーシャの体を捉えた
それは先ほどと同様に、彼女の体に当たったが通用しない――しかし、
『ん?』
サーシャは小さく声を発した。それと同時にユークは追撃を仕掛ける。
今度の剣は彼女の脇腹に入った。だがこれも硬い物に阻まれたような硬質な音を上げたが、ユークは勢いよく振り抜いた。
その結果、サーシャの体が少しグラつき、さらにその体に一筋の傷ができた。
『これは……』
「さすがに『混沌の主』に対抗しようと準備をしていたわけじゃないよ」
と、ユークは一歩後退しながら告げる。
「だけど、さらなる魔物……凶悪な魔物を想定して、色々と準備はしていた。言わば特殊な魔物を倒すための技術。けれどそれはどうやら『混沌の主』にも通用する剣になったらしい」
『……これで、私を倒せると?』
「もちろん、傷を負わせただけで倒せるとは思っていない。でも、こちらの手持ちにあなたを傷つける技がある」
サーシャは無言となった。今の今まで、攻撃が通用しないと思っていた――無敵だと考えていたが、それが覆った。
彼女は認識したはずだ――滅ぼされる可能性があるのだと。
「俺達勇者は、わずかな可能性であっても勝てるのなら尽力する」
ユークはそう言うと、魔力を高める。先ほど以上に力を収束させた剣は、傷を付けるだけでは済まないかもしれない。
「――決着をつけよう、混沌の従者よ」
その発言と共に、ユークはサーシャへと駆けた。




