混沌へ挑む
ユークは攻撃しようとした寸前、初動はサーシャの方が圧倒的に早いことを本能的に理解した。
刹那、サーシャの魔力が弾け一瞬でその姿が変貌した。それはまるで、漆黒の炎をまとった魔神。女性の体つきはそのままに、全身をゆらめく闇で覆い顔すら漆黒をまとって表情すら見えなくなった。
『この世界に、再び混沌を』
次いでサーシャは宣言する。途端、ユークは叫んだ。
「俺達が応じる! 騎士の皆さんは気絶している人達を!」
次の瞬間、ユークよりも先にルヴェルが動いた。全身に魔力をまとい、円卓を踏み越えてサーシャへと肉薄する。
声を上げただけの時間遅れてユークが動き、サーシャを間合いに入れる前にルヴェルが相手と交戦。彼が放った斬撃に、サーシャは防御する素振りすら見せず、それを受けた。
生じたのは金属音。ゆらめく炎は不思議なことに硬度があるらしく、ルヴェルの剣はサーシャに入らなかった。
『この体は絶対的なものです。あなた方の剣は通用しない……というより、通用する領域に至っていないと言うべきか』
そんな言葉に構わずルヴェルはさらに剣を振る。そこでユークも到達し、渾身の一撃を見舞った。
その剣戟とルヴェルの追撃が当たったのは同時。しかし、ユークの刃がサーシャの体に触れた瞬間、硬い物にでも阻まれたかのように動かなくなる。
『素晴らしいでしょう? 私はとても心地よく、この世界をこの力で包み込むことしか、考えられなくなっている』
「それはもう、自我の崩壊と呼べるものじゃないか?」
ルヴェルは言いながらなおも剣を放つ。どれだけ弾かれようとも、どれだけ通用しなくとも彼は諦めなかった。
「お前は『混沌の主』の力に精神を蝕まれている……自我が消え去るのも時間の問題だ」
『それはあなた方にとって恐ろしいことなのかもしれませんが、今の私は違います。本当に、心地が良い……ああ、私がなくなるという感覚は喪失ではなく、新たな入口です。世界のどこにもなかった、我が主の復活という革命の幕開けです――』
ユークが剣を放つ。再びゆらめく闇に阻まれ届かなかったが、それでも先ほどとは異なる、手応えがあった。
「……ルヴェルさん」
「そっちの考えていることはわかっている」
返答の直後だった。サーシャを取り巻く闇が強い魔力を発し始めた。
「まずい……!」
ルヴェルは叫び、ユークは反射的に防御の構えをとった。それと共に、サーシャの闇が、魔力を伴い衝撃波を生んで部屋の中に拡散した。
それは言わば、魔力の刃だった。咄嗟にユークは剣を盾にしてそれを防ぐ。魔力を知覚できるものであれば軌道は見えたはずで、後方にいたアンジェも回避はできただろうとユークは察した。
そして部屋の状況は一変。中央に存在していた円卓は魔力の刃によって砕かれ、四散した。その一方で気絶していた組織幹部の者達はどうにか騎士達が運んでいる。魔力の刃もどうにか防ぎ、組織幹部達も無事である様子。
「ひとまず、時間稼ぎはできたな」
ルヴェルは言う――彼が仕掛けたのは組織幹部を運ぶ時間を作ることだった。この場においてサーシャに対抗できるのはユーク達のみ。よって、邪魔になる組織幹部を騎士達が運ぶまで時間を稼ごうとしたのだ。
ユークもそれに追随し、二人がかりで仕掛けたことによってひとまず時間稼ぎは成功したが――
「たった一度の攻撃で、これか」
ルヴェルは声を発すると剣を構え直す。室内の状況から考え、とんでもない攻撃であったことは明白であり、だからこそ彼は結論を述べる。
「絶対に外へは出せないな」
「そうだね……この力で暴れ回ったら、間違いなく王都に混沌が訪れる」
『そのために私は主を信奉したのです……どうやらあなた達が私の邪魔立てをするようですが、無意味だと宣言しましょう』
――騎士達は気絶している組織幹部達を部屋から運び出し、この場に残っているのはユークとアンジェ、ルヴェルと彼の仲間だけとなる。
ただ、作戦指揮をするシャンナは報告を聞けばこの場に駆けつけるだろう――ユークは先ほどの手応えを思い出す。最初に決めた剣戟と同様に今のサーシャに通用してはいなかった。だが、
(無茶苦茶な能力があっても、これは純粋な力の塊だ。絶対的な防御能力を有しているわけじゃない)
「ユーク、どうやって攻略する?」
「一度でも攻撃を受けたらどうなるかわからない。よって、とにかく攻撃を食らわないよう立ち回りつつ、隙を見つけて攻撃するしかない」
「そっちにはヤツに傷を負わせられる何かがあるのか?」
「あくまで可能性の話だけど、ね」
「わかった。この状況だ。可能性があるのなら、やるだけやってみようじゃないか」
『何をしようと、無駄ですよ』
会話を聞いていたサーシャは言う。しかしユークは、
「それはやってみないとわからないさ」
声を発すると同時、ユークは魔力を高めた。




