混沌
下の階へ進み魔物を視認した瞬間、ユークとルヴェルは戦闘に入る。その場にいたのは紅と漆黒の魔物。上階と同様の構成ではあったが、漆黒の攻撃力は脅威であり、ユーク達は油断なく臨戦態勢に入る。
そして交戦と共にユークは漆黒を一撃で仕留め、ルヴェルもまた紅の魔物を一太刀で沈める。まるで双方が競い合うように戦い――上階における戦闘と比べても早い時間で、魔物の殲滅が完了した。
そこから騎士達がフロアを調べ、さらに下へ向かう。地下三階だが、そこに幹部達がいる円卓の会議室があるはずだった。
そして、それを阻む魔物達がまたも襲い掛かってくる――しかし、ユークとルヴェルがそれに対処した。さらに言えばルヴェルの仲間に加えてアンジェもまた紅の魔物を蹴散らし、フロアを完全に制圧する。
「……あれだな」
そしてルヴェルは声を発する。地下三階の奥、そこに両開きの鉄扉が一つ。
部屋の中にはいくつもの気配が存在している。紛れもなくそれこそが組織幹部の面々であり、最奥へと到達した。
「他の部屋に人の気配はありません」
調査した騎士が言う。ならば最後の最後――あの場所が、終着点だった。
「ここまで来ていることは気付いているはずだが、ずいぶんとおとなしいな」
ルヴェルは述べながら少しずつ扉へ近寄っていく。それに合わせてユークもまた進む。他に魔物がいないか気配などで探るが、通路はおろか扉の奥にすら気配はない。魔物はどやら全て倒したらしい。
そんな中でルヴェルはユークへ問い掛ける。
「なあ、どう思う?」
「……さすがに、ここまで来て降伏するなんてことにはならないと思うけど――」
そこまで言った時、ユークはおとなしい原因を察した。
「なるほど、相手は……組織の長は手を打っていたみたいだ」
「は? それは――」
問い掛けて、ルヴェルはすぐさま扉へ走る。騎士達が慌ててそれに追随し、ユークもまた後を追う。
アンジェやルヴェルの仲間が一歩遅れて続く中、ルヴェルが先頭をきって鉄扉を開けた。部屋の中は明かりによって煌々と照らされ、視界の確保には困らない。そして中央にしつらえた円卓と、組織幹部の人間。
そういった面々が、たった一人を除いて机に突っ伏していた。
「……死んでいる、というわけではなさそうだな」
「眠っているだけです。さすがに始末を付けるのは面倒ですからね」
たった一人、起きている組織幹部――否、シャンナの姉である組織の長、サーシャが声を上げた。
「それに、眠っているだけならば彼らを確保するために騎士達は動くでしょう。そうやってそちらの動きを制限した方が、私としても逃げやすい」
「……見たところ、入口はここだけだな」
ルヴェルは背後にある両開きの鉄扉を見ながら、呟く。
「なおかつ、外へ出るには律儀に階段を上っていかなければならない……いくらなんでも、逃げるのは無理だろ」
「そうとは限りませんよ」
微笑むサーシャ。この期に及んでどういった自信なのかとユークが疑問に思っていると、
「……ルヴェルさん、力だ」
「何?」
「この人の魔力には『混沌の主』の魔力が宿っている」
その言葉にルヴェルの眼光は鋭くなる。
「つまり、既に手遅れってことか」
「手遅れ、とはずいぶんな物言いですね。人の姿が正しいという傲慢さもあります」
「お前がどう考えているか知らないが、人の身で魔の領域に踏み込むなんてのは、イカれているヤツがやることさ。どうやらお前はそういう類いの人間みたいだがな」
サーシャは笑みを浮かべ続ける。たった一人しかいないという状況下でも、まったく動揺を見せない姿は異様に映る。
「正常ではないことは認めますよ。しかし、だからといって頭がおかしい人間と言われるのは不服ですね。あなたの言うイカれたヤツが、組織の長になれると?」
「あんたにカリスマ性があったというのは事実なんだろうな。『混沌の主』にまつわるものであることを隠蔽し、多数の人間を引き入れて組織という体を成した。構成員の目的はバラバラだっただろうが、国家というものを破壊しようとする気だったのはわかる」
「ええ、そうですね」
あっさりと肯定するサーシャ。そんな中でユークは問うた。
「あなたは、何の目的でこんなことを?」
「全ては、我が主の命に従い」
それだけだった――同時にそれだけで、ユークは全てを理解する。
「……あなたの全ては『混沌の主』の影響下、ということか」
「はい、私は主のために働き、多数の人を騙してでも力を得る必要があった。その全ては我が主のために。主がある時、私に言葉を授けたのです。全てを破壊し、無を目指せと」
「……本当、面倒極まりないな」
ユークは言う――サーシャという自我があるにしても、その感情や心情は余すところなく『混沌の主』の影響を受けている。全ては混沌のために――それこそが、この組織の目的だった。




