国への報告
ユークとアンジェは渓谷での戦闘後、寄り道もせず町へ戻ることに。街道に出た後、並んで歩いているとアンジェが一つ質問を行った。
「ユーク様、先ほど魔物が魔の気配と手紙に書き残した……?」
それに対しユークは一時沈黙する。
(そういうわけじゃない……というか魔の気配なんて言い訳でしかないんだけど……)
ただ、遭遇した以上放っておくことはできないとユークは考え、
「あれがそうなのかについては、今結論は出せないな。国に調査してもらった方がいい」
「問題、ないでしょうか?」
(アンジェは俺が国側に魔と繋がる者がいるから単独で旅に出た、と考えているから……)
よってここで報告するのはどうか、と懸念している。
「いや、それでも報告だ。俺達の居所さえわからなければ、問題はないさ」
「わかりました……ひとまず国に援助は求めない?」
「そうだな。手がかりらしきものは見つけたから調べるけど……ああいう魔物が他にいるのかなど、もう少し詳細がわかってから判断すべきだな」
(そもそも、あの魔物の詳細を把握することができるのか不明だけど、な)
ユークの思考は先ほど倒した魔物のことに移る――自由に旅をするために家出したというのに、勇者としての教育によって魔物と戦う方向で考えがまとまり始めていた。
(まあそもそも、平和じゃなければ旅なんてできないからな。ただ旅を続ける口実はできた)
そんな理屈をつけつつ、ユークは内心で結論を導き出す。
(とにかく放置できない魔物ではあるし、国に頑張って調べてもらおう。あれが国の上層部……その誰かが生み出したとかだったら死ぬほど面倒くさい政争とかが発生するかもしれないけど、そこは俺の管轄じゃないし)
「とりあえず報告書をまとめて、ディリウス王国としてどう動くか様子を見るとしよう……あ、ただ」
「はい、何でしょう?」
「俺達が情報を受け取るのはどうすべきだ? 可能であれば国側の情報を得たいところだけど……」
「報告書を受け渡すために場所を指定する……とかですか? でも居所がバレますね」
「あるいは、指定する場所に報告書を置いてもらって、使い魔でも飛ばして回収させるか」
「それがよさそうですね」
話し合いで色々と決まっていく――やがて一定の結論が出た時、ユーク達は町へ帰還したのだった。
戦士ギルドへ赴き賞金首を討伐したことを報告。さらに別の魔物と遭遇した旨を受付の女性へ伝えてみるのだが、
「わかりました。ギルド本部へ報告しておきます」
そう返答しただけ。身分を明かしていない以上、こればかりは仕方がなかった。
(まあ勇者だと明かしてもどこまで効果あるか疑問ではあるけど……)
そして建物から出るとアンジェが、
「ユーク様、動向がバレないよう偽名で登録しているとのことですが……」
「そのくらいは是正した方がいい?」
「あ、はい。偽名、という点で混乱を招く可能性も……」
「うーん、登録して結構な日数が経過しているし、どうしようか……まあこの辺りはギルドでもそれなりに上の地位にいる人と顔を合わせるとかしたら考えるか」
「上の地位、ですか?」
「旅をしていく上で色々想定していたんだけど、戦士ギルドに籍を置いて活動するという可能性も考えた。俺達の動向がリアルタイムでバレなければ問題はないだろうから、ちゃんと勇者として認められた形で……と」
「はい、そうですね」
「でも、今の時点では一から説明するのも大変だし」
肩をすくめながらユークは語る。
「偽名で登録してしまったのは絶対に露見しないようにするため、という判断だったから咎めるのは勘弁して欲しいんだけど……いつかは解決する。それまでは現状維持で頼むよ」
「わかりました」
考えがあってのことなら、とアンジェはあっさりと頷いた。
(やんわりと提案しているけど、不正とかそういうのを勇者であれば改めるべき、という風に思っているのかもしれないな)
彼女もまた勇者であるが故に、清廉潔白であるべきという考えが根底にあるのかもしれない。
(俺も勇者として教育を受けてきたから、その気持ちはなんとなく理解できる……彼女と共に旅をするのだったら、ちゃんとした形にすべきかな)
幸いながら、公然と旅をするのに必要な理屈は色々得ている。よって、現状を修正することも可能だとユークは判断する。
(とはいえ、だ。俺の存在を公にするにしても、国だって準備の時間は必要だろう。アンジェの報告書をきっかけにして、どうにか波風立てない形で動きたいな)
ならばどうすべきか――ユークは内心で熟考しつつ、今日の所は休むことにしてアンジェと共に宿へ入ったのだった。