現れた脅威
ユークは気配――魔物の魔力を感じ取った時、先ほどアンジェが戦った魔物よりも警戒の度合いを強くした。理由はここまで気付くことができなかった――魔物は間違いなく気配を押し殺し、ユーク達を観察していた。
次の瞬間、魔物の姿を肉眼で捉えた。先ほどのような骸骨ではなく、黒衣を身にまとい、顔を仮面で覆うような魔物であった。
「え……?」
アンジェが小さく呟いた。まさか他に魔物がいるとは予想していなかった様子。
「……アンジェ、下がって」
ユークは指示を出した。
「あれは俺が対処する」
「いえ、しかし――」
その直後だった。魔物が音もなくユーク達へ迫った。その手に魔力が流れ、一瞬で漆黒の剣を生み出したかと思うと、一気にアンジェへ狙いを定め――
「させるか!」
ユークは即座にアンジェの前に立ち、放った魔物の斬撃を、受けた。次の瞬間、魔物が発する漆黒の気配をユーク達は感じ取る。
「っ……!?」
それは先ほど骸骨騎士を圧倒したアンジェでさえ呻くほどのものだった。ユークは剣を合わせながらまとわりつく瘴気により、この魔物がどういう経緯で生み出されたのかを知る。
(自然発生した魔物じゃない……! こいつは、何者かに生み出されている!)
ユークは瞬間的に魔力を発し、漆黒の魔物の剣を押し返した。それで魔物はあっさりと後退し、もはや隠す必要はないとばかりに魔力を高める。
発する魔力は膨大で、圧倒的な力を持っていた。ユークの後方にいるアンジェの表情が強ばり、身を竦ませてしまうほどの濃密な魔力。
ユークはその瞬間、長期戦はまずいと判断する。
(コイツは俺とアンジェの能力を看破している……このまま剣でやりとりしていたらいずれ後方にいるアンジェが狙われる――)
そういう直感と共に、ユークは魔力を両腕に収束させた。それは非常に洗練され、それでいて目前の魔物の圧倒的な気配に対抗できるほどの勢いを持っていた。
――魔物と人間の魔力量を比較した際、単純な量だけならば魔物の方が多い。だが人間はその差を剣術や魔法という技術で補う。しかし目の前にいる魔物はそんな技術など潰せるほどの力がある。
だがユークは恐れず足を前に出した。刹那、刀身に腕から流れた魔力に加え、大気中に存在する魔力、果ては魔物が発した瘴気すらも取り込み、それが必殺の一撃を生み出すだけの力となる。
すると魔物は反応した。刀身に宿った力を警戒し、大きく後退しようと体の重心を後方へ移そうとする。
それを瞬時に判断したユークは、一気に踏み込んだ。この一撃で勝負を決める――その強い意思によって、魔物へ肉薄する。
退こうとした魔物は虚を衝かれた形となり、強引に剣を盾にして防ごうとする。二度目の激突――だが今度は、ユークの圧勝だった。
次の瞬間、魔物が握る剣が半ばから両断され、ユークの斬撃は勢いを維持したまま魔物の胴体へ直撃。振り抜いた時には漆黒の体が上下に両断されていた。
そして斬撃の余波により、拡散した魔力が渓谷の岩壁に多数突き刺さって数え切れないほどの破砕音を生んだ。そこでユークは一歩後退。魔物は両断されたことにより力をなくし――消滅した。
「……ふう」
倒したのを確認するとユークは息をつく。
(凶悪な魔物だった……誰が作成したんだ?)
ユークは地面に剣を突き立てる。魔物の作成者が周囲にいないかと索敵魔法を起動したのだが、
「……誰も、いないな」
人どころか魔物すらいない。そこでようやく警戒を解き、ユークは振り返った。
「アンジェ、怪我は?」
「あ……その、大丈夫です」
先ほどの攻防を目の当たりにして、どこか呆然となる彼女の姿。
「ユーク様、今の攻防……どのような技法で?」
「強敵と戦うための切り札その一、ってところかな」
大気に満ちる魔力を吸収して爆発的な力を一瞬だが生み出す魔法であった。その威力は凶悪な魔物を倒せるだけの力を有するが、魔力を維持できるのは精々十秒ほどであり、まさしく一撃必殺を求められる技法。
本来この魔法で瘴気などを吸い込めば悪い影響が出る――のだが、ユークはその辺りを調整し、瘴気を吸い込んでも魔力に変換できる術式を考案していた。結果として相手の魔力すら利用し、魔物を撃破することに成功した。
(ただ、魔物判断は的確だった。後退を許してしまったら、勝負が長引く可能性があったな)
仕留められて良かった、と内心で思いつつユークはアンジェへ告げる。
「あの魔物のことは、もしかすると相当厄介な話かもしれない」
「……自然発生した魔物ではありませんでしたよね」
「ああ。間違いなく人為的なもの……そうだアンジェ、報告書を作成する際、あの魔物について記述してもらえないか」
「戦士ギルドへ報告はしないんですか?」
「もちろんする。でも、素性を明かしていない状況で語っても事の重大さを認識してくれない可能性がある……あれは国の上層部に告げるべき存在だ。よって、アンジェを通して報告すれば、国も動いてくれるだろう――」