指導者の紹介
「シュバーザ家……残念ながら聞いたことがないですね」
ユークはオガスと会話を続けていく。
「申し訳ありません、まだ貴族の方々の名前は……」
「いやいや、王都へ来て日が浅いのだから仕方がないさ」
と、オガスは満面の笑みを浮かべながら応じる。
「商業的に成功し、今や王室とも関係を結んでいる家柄だ。騎士団の装備などについてもシュバーザ家は関わっている」
「そうなんですか」
「質の高い武具を用意できるため、君が理想とする武器を作れる者も見つけることができるだろう」
「なるほど……あの、ただ単純にその方の屋敷を訪れただけでは話はしてくれませんよね?」
「王族と関係のある君ならば無碍にはしないだろうが、私の紹介なら確実だ」
「なら、お願いしても」
「ああ、構わないよ」
――時折、オガスは眼光を鋭くする。それはユークの態度を推し量っている様子。当然ユークはそれに気付いている。
(バレていないと考えているのか……この人も相応の実力者だし、勇者の指導をしているわけだからバレないよう立ち回っているとは思うけど)
つまりユークの能力を侮っている。あるいは、ユークの実力がオガスの見積もりを上回っている。
(ま、相手としては俺の能力が予想外といったところかな……?)
「いつお会いできますか?」
ユークは話を進める。シュバーザ家の屋敷に招かれれば当然、何かしらユークのことを探ってくるはずだが、少なくとも手荒な真似はしないだろうと推測できる。
(さすがに俺のことを傀儡にしようなんて考えは……あるかもしれないが、いくらなんでも失敗すればまずいことになるような真似をするとは思えない)
考えられるとするならば、ユークの動向を観察、評価するために屋敷へ招く――思案する間にオガスは口を開く。
「そうだな、当主は色々と忙しいため、すぐに返答することは難しいが……まあ、一ヶ月もあれば話はできるだろう」
「わかりました。よろしくお願いします」
改めてユークが言うとオガスは満足げに頷いた。
「勇者を教育し、導くのが私の役目だ。このくらいの骨は折るさ」
「……そういえば、勇者の指導者となったのは何故ですか?」
「私か? 元々、私は勇者として活動していた」
話題が変わってもオガスは笑みを浮かべながら話を続ける。
「あいにく、現役中に目立った功績を上げることはできなかったが……ただ、勇者として色々な場所を旅するのは好きだった。よって様々な場所に赴き、様々な人間と出会った。そういう経験から指導者の道があるのだと知り、この仕事に就いた」
「国からの要請、とかではなく?」
「現役を退くくらいのタイミングで、国からこうした道もある、ということを示される。私の場合はそれよりも前からずっと考えていて、自らの意思で道を選んだ形だな」
「そうですか」
「興味があるのか?」
「……正直、自分が指導者なんて向いてないと思います。単なる興味です」
「君ほどの知識を有しているのなら、十分素質はあると思うが」
「知識を吸収するだけでなく、それを他者に教えないといけない……さすがに厳しいと思います」
ユークの発言に「そうかそうか」とオガスは応じる――やはり眼光は鋭くなる。会話の端々から、考えていることを推し量ろうとしている様子。
とはいえ、ユークは内心の本音を隠しきっているし、オガスの考えは見抜いている――情報戦という観点から言えば、この時点でユークが圧倒的に優勢ではある。
(本当ならもう少し突っ込んだ話をしたいけど……あんまり根掘り葉掘り聞こうとすると怪しまれるかな)
オガスと会話をするのは二度目。打ち解けているように見えるが、オガスの方はユークに対し鋭い視線を投げているし、ユークもまた内心を悟られないよう警戒している――
(もっと信頼を得るためには時間を掛けないといけないだろうな……ただ、シュバーザ家へ行くというのなら、一気に話を進める方法はある。ただ、バレれば一巻の終わりだが)
「他に質問はあるか?」
オガスが問う。ユークはそれに対し首を左右に振った後、
「ありがとうございます。すみません、何から何まで……」
「そう萎縮しなくていい。勇者への教育は指導者の立場からして義務みたいなものだからな……シュバーザ家のことについては何も心配しなくていい。もし行くとなったら、君一人でいいのか?」
「こちらはそれでも構いませんが……さすがに見知らぬ屋敷に一人は緊張しますね」
「ならば私が同伴しよう」
「ありがとうございます」
(自分のことを監視する……か。さすがに多少なりとも警戒はするか)
とはいえ、とユークは胸中で呟く。状況によっては色々と策を講じることはできる。
(アンジェの屋敷みたいにオガスさん以外の誰かが魔法の道具などを通して見ている可能性もある……その辺りに注意を払いつつ、動くとしようか)
内心で結論をまとめた時、オガスとの話し合いは終了したのだった。




