彼女の剣
アンジェが魔物の剣を受け、平気なのかとユークは一瞬思ったが、刃はかみ合い拮抗。彼女は的確に魔物の攻撃を防ぎきった。
(この時点で既に魔物の能力は看破したか)
ユークが心の中で呟いた時、アンジェの声が聞こえた。
「光よ、示せ――この世界の安寧を」
魔法発動。剣先から光が溢れ、それが骸骨騎士へと直撃した。剣先に魔力を注ぎ、刃を通し魔法を放つという手法――手のひらから魔法を生むよりも高等技術であり、ユークはなかなか器用なことができる、と思った。
アンジェの攻勢は終わらない。魔物は魔法を受け後退したが彼女は即座に追撃を仕掛け、剣を薙いだ。狙いは魔物の首――魔物は元となった存在と同じ弱点を抱えていることが多いため、頭部はどの魔物にとっても最大の急所であるケースが多い。
実際、魔力の集積しているのは頭部が多く、目の前にいる骸骨騎士も例外ではなかったため、アンジェはそこに狙いを定めた。
剣速はかなりのもので、首へと吸い込まれる――が、魔物は寸前で避けた。身のこなしは完全に人間の、しかも達人のそれだ。
(元となった人間は、相当な技量を有していたか……?)
人型の魔物は生前の能力が反映されれば魔法などを使う場合もある。目の前の骸骨騎士は間違いなく剣術が染みこんでいる。ただでさえ強いのに達人級の技量を相手にしなければならない――上級クラスの魔物であると戦士ギルドが認定するのも納得できる。
しかしアンジェは臆することなくさらに足を前に出した。即座に魔物も剣を構え直す。もしや、純粋な剣術勝負に――ユークが注視した次の瞬間、彼女の剣戟が魔物へ殺到した。
――魔物の技量は、生前と比べれば確実に劣っていることだろう。肉体はない骨だけの体となり、理性すら失っている以上はいかに技量が体に残っているにしてもそれを完璧に引き出すことは難しい。
だがそれでも、ここまでの戦いぶりで垣間見せた魔物の剣は達人級。けれどアンジェは真正面から挑み掛かる。それはまるでユークに示すかのように。自分は従者として、共に戦えることを証明するかのように。
魔物の剣はアンジェによって全て叩き落とされ、目にも留まらぬ彼女の刃が幾度も魔物に突き刺さる。魔物の攻撃を完璧に防ぎ、それでいて反撃さえ易々と行っている。間違いなくこれは、技量という面において彼女が上回っていることを意味する。
(……どこまでも、俺と一緒か)
その時、ユークは彼女の背中を見ながらこの技術を得た姿を想像した。自分と同じように証があったため、幼少の頃より剣術を叩き込まれてきた――とはいえ、ユークのようにありとあらゆるものではないだろうと予想はついていた。勇者の証を持つとはいえ、誰もが万事に才能が宿っているわけではない。
ユークは教えられたことを瞬時に体得できる力を有していたが、彼女は違う。剣術――その一点を突き詰めた結果、十五という年齢で達人級の技量を持つ魔物に圧倒できるだけの力を手にしたのだ。
そしてアンジェは魔物の首を刎ねることに成功した。途端に敵は動きを止め、その体が崩れ落ちた。
「……いかがでしたか?」
彼女は振り向きユークへ問い掛ける。息一つ切らしておらず、まして首筋に汗一つかいていない。
ユークはまず返答しないまま懐からギルド証を取りだし、倒した魔物の魔力を確保。これで報酬が支払われる――そして、一つ質問をした。
「その技術は、どうやって手にした?」
「ユーク様と同じです。しかし、ユーク様のようにありとあらゆる技術全てとはいきません。学問と魔法技術に関しては最低限ですが、剣については……剣だけは、ユーク様にもご満足頂けるかと」
(最低限といっても学園卒業どころか宮廷魔術師として活動できるレベルなんだろうな……)
ユークは内心でそう悟る。これまで他の勇者を見たことはないが、色々と情報は得ている。今彼女が圧倒したように上級クラスの魔物を倒せる勇者も多い――が、彼らであっても十五の時にそれを成せたか、と言われるとほとんどいない。
まさしく勇者となるべく鍛えられた剣――厳しい鍛錬の日々であったはず。とはいえ、彼女自身そうした境遇をすんなり受け入れている様子。
(他を知らない、という言い方もできる……か)
「うん、実力は理解した。十分だ、共に戦っても問題ない」
一転、アンジェの顔がパアッ、と輝いた。ユークに認められて嬉しいらしい。
(……俺に認められることがどこまで価値のあるものなのか、という疑問はあるけどな)
ユーク自身、他の勇者と比べても異質であることは理解できている。ただし、実力についてはまだまだだとも考えている。自分より強い人間は、たくさんいるだろうと。
(ともかく、彼女の実力はわかった。これなら俺の仕事にも余裕でついてくるだろう……彼女に十分な成果を与え、それから――)
今後どうしていくか考え始めた時だった。ユークは渓谷の奥へ目を向ける。
「……ユーク様?」
アンジェが問う。だが答えなかった。理由は、渓谷奥に新たな気配を感じ取ったためだった。




