勇者の教育
昼食を終えた頃には、ユークとシュノは意気投合し、ユークの方はタメ口で話すようになっていた。一方でシュノは「現役の勇者相手に恐れ多い」として結局丁寧な口調のままだったが。
そしてユーク達はシュノの研究室へと足を運ぶ。そこは魔法学園内にある研究機関、その敷地内にある建物の一角。中は大量の資料が山と積まれており、ユークは内心でさすが、と思ったりした。
「すみません、お茶を用意しますので」
「いや、大丈夫大丈夫。それより、早速話を始めてもらうことはできる?」
ユークの発言にシュノは少し体の動きを止め、
「……なるほど、何はともあれ知識というわけですか」
「そこまでがっつくほどじゃないけど……」
「わかりました。早速話をしましょう……とはいえ、私の研究は勇者に関してですが、内容は多岐に渡ります。まずは何を?」
「そうだな……現行の勇者制度について」
ユークの言葉を受け、シュノは小さく頷いた後に椅子を用意。それぞれが対面する形で座り、書類の山の中で話が始まる。
「勇者制度……元々勇者とは、古代において存在した人類を滅ぼす『混沌の主』を倒した人物の力を宿した者のこと。力を誰かに継承するという仕組みを構築し、国々は誰に宿るかわからない勇者の力を探し、国が保護という名目で囲い込む形で成り立っています」
「放置してしまえばどうなるかわからない……力の大きさにより放っておけば危険だと考え、勇者として国が保護するということだね」
「はい、そうです……とはいえ、現行制度に対しては様々な人から変えるべきだと提言されていますし、今でも議論の的になっている」
「具体的にはどういう風にするのがいいと?」
「そもそも『混沌の主』については、古代の時代から復活したためなどない……よって、必要以上に勇者という存在として認定し、力を与えることもしなくていいだろうと」
「人間同士の戦争はあるけど、そういう凶悪な存在が生まれていないし、ね」
「はい、魔物はいますが、魔物だけなら騎士団で対応は十分なはず……勇者の証を持っている人物をちゃんと管理するのはいいですが、国の予算を費やして彼らに教育を受けさせる必要はないだろう、と主張するわけです」
「お金の無駄だと」
「そういう風に言う方も多いですね」
(……まあ、平和な世の中が続けば当然か)
ただ、とユークは思う――勇者は人間同士の戦争でも利用されてきた。他国が勇者を囲い込むのであれば、戦力的な意味で勇者を確保しておく必要はある、という見方もできてしまう。
「……立場上、勇者という存在は複雑です。それは他ならぬユークさんも」
シュノが述べる。それにユークは頷き、
「勇者は強大な力を持っているけど、それと引き換えに色々と制限もある……執政に携わるなんてことはできない」
「はい、もし勇者でありながら政治に参加したければ、力を捨てなければならない。実際にそうやって国の重臣となった人はいます」
「政治の力に武力を入れるとまずいってこと?」
「そういう見解でいいでしょう。たった一人、力で解決できてしまう存在がいれば、国家として成り立たなくなってしまう」
――ユークは玉座の間で謁見したことを思い出す。重臣達が立ち並ぶ光景の中で、たった一人圧倒的な力を持っているとしたら。
無論、彼らを守る者達だって多数いる。しかし勇者という存在は特別であり、城内で止められる者がいなければどうなるか。
「……唯一、勇者シャンナは戦士院という組織の長になっている」
シュノはユークへさらに語っていく。
「同じ勇者であるからこそ、組織に従う者も出てくるという判断でしょう……現段階で力を捨てない上で最高の権力を持っているのは間違いなく彼女。ただそれが限界だと思われます」
「……勇者は政治的な立場としては弱い、という解釈でいいの?」
「あくまで政治的には、ですけどね。ただ、政治を行う人達は決して勇者を虐げようとしているわけでありませんし、そもそも自分達は味方であるというスタンスです」
そうシュノはユークへ明言する。
「勇者は国内にかなりの数、います。そういった人達が突如、反旗を翻したらどうなるか」
「……大変なことになるな」
ユークは呟く――ただ、
「でも勇者の証を持つ人間は騎士にもいる」
「はい。国の理想としては証を持つ者が集い、騎士団として運用することが望ましい――のですが、勇者として眠る力を制御するための訓練は子供の頃から長期にわたります。そういったこともあり、国に忠誠心を与え続けながら、というのは現状上手くいっていないようですね」
(――もし、騎士として勇者を置き留めるのなら、思想教育なんかも必要だろうな)
ユークはそう考えつつも、国の立場になって少し考えてみる。理想的には勇者の証を持つ者ばかりを集め、教育を受けさせるのが望ましい。ただ、勇者の証を持つ者の力は千差万別であり、管理することが難しい。
(基本は、少人数で教育する……そうしないと、まずいってことなんだろう)
ユークはそう心の中で呟いた。




