組織を倒すために
やがてユークは侍女に呼ばれ、屋敷内にある庭園横に設置されたテーブルに招かれた。既にお茶も用意され、湯気が立つそれを見ながらアンジェのことを待った。
「……ユーク様」
そして声がした。ユークが視線を転じると、藍色のドレスを着たアンジェがいた。
そんな姿はどこか窮屈そうにも見える――これはユーク自身、気のせいではないと確信する。
「お久しぶりです」
「そんなに日が経っているわけではないけど……元気そうではあるけど、そのドレスは着慣れていないみたいだな」
「はい、社交界に出るだろうから慣れるべきだと」
「なるほど」
それもそうか、とユークは思う。
「ちなみに学園とかはどうするの?」
「ひとまず通う方向で手続きを済ませています」
(たぶんそれは、子息息女の面々と交流を深めるためだろうな)
ユークは内心で呟きつつ、アンジェへ席に着くよう促す。
「あの、ユーク様」
「うん」
「王都の生活はどうですか?」
「少しずつ慣れてきたよ……勇者ということで色々な場所に顔を出したら勇者ルヴェルと再会して、決闘したよ」
「決闘、ですか」
「うん。結果は俺がとりあえず勝ったけど」
その言葉にアンジェは興味を持ったようで、
「詳しく聞きたいのですが」
「ああ、うん。いいけど……」
最初に話す話題がこれでいいのかな、と思いつつもユークは詳細を語っていく。話を聞く間、アンジェの顔はまるで絵本を聞く子供のような、キラキラとした表情をしていた。
「……とまあ、真っ向勝負では決着がつかないだろうし、上手いこと搦め手を用いて勝った、といったところかな」
「ユーク様にそうした選択がとれる時点で、有利だったということでしょうか」
「まあ、そうかもね」
応じつつユークは気取られないよう周囲の魔力を探る。
(……やっぱり『目』はあるな)
どこからか魔力が漂ってくる。ユークが会話をしている光景を誰かが魔法を通して見ている。なおかつ会話内容も聞かれていると考えて間違いない。
(さすがに、従者云々のことについて今、この場で俺の口から話をするのは無理だな)
もしやるのなら、デュラの屋敷に彼女が来た場合のみ――ユークはそう思いつつ、話を進める。
「ひとまず……俺の方はどうにかやっていけそうだと思う。学園に通うかは……わからないな」
「もし通うのであれば、私と同級生ということになりますね」
「そうだな」
――アンジェの方もユークへ組織について尋ねるようなことはしなかった。これは当然ながら彼女も『目』の存在に気付いており、下手に話をするべきではないと考えている。
ユークは言われなくともそれを察しており、アンジェとしても余計な口出しは必要ない、という見解の様子。
(とりあえず、今日はここまでか)
世間話だけで済ますのはもったいない気もしたが、深入りすると面倒なことになる、ということがわかっただけでも収穫だとユークは思う。
(それに、組織云々のことを口にしただけでも敵側に情報がいくと考えていいだろう。俺達は隙を見せないようにしないと)
「……旅は終わったけど、縁が切れることはない」
ユークが言うと、アンジェは小さく頷く。
「何かあれば相談に乗る……と、言いたいところだけどアンジェからすれば俺の助言はいらないか」
「また、デュラ様の屋敷へ遊びに行きます」
「ああ」
そこから雑談に興じてユークは屋敷を出た。そして離れるとユークを取り巻く魔力――否、視線が消える。
(さすがに敷地の外では見ないか……ただ、この調子だと帰るまでは念のため警戒しておくべきか)
まさかアンジェに会いに行くだけでここまで神経を使うとは――改めて、彼女を従者にして再び旅をすることが大変なのだと認識できた。
(もし、ディードさんと繋がっている人間が組織の人間だとバレて失墜したら……状況は変わるか? でもそれは、必然的に組織がまだ存続していることを公にしてしまう可能性もある)
一筋縄ではいかないだろうと内心で考える中、ユークは組織を壊滅させる――何より、組織の長であるシャンナの姉を捕まえるにはどうすればいいのか、シナリオを立て始める。
(密かに情報を集め、敵の拠点を暴くまではいい。問題はそこから先だ。その時点でシャンナさんの姉に関する情報を十分に収集していたら、例え拠点から逃げられても追跡できる可能性がある……というより、どのような策で組織へ攻撃するにしても、そのレベルまで情報を得てからじゃないと、組織撲滅は厳しい)
ユークは心の中でそう呟くと、一度小さく頷いた。
(拠点の割り出しとシャンナさんの姉に関する情報を得るのは組織攻撃の前提条件だ。ここで引っ掛かっていてはどうしようもない。問題は他に構成員がいて、仮に組織の長を捕まえても他の誰かが……という事態に陥ってしまうことだ)
それを防ぐには、シャンナの姉だけでなく組織の構成員全員を明らかにする必要がある――




