読み合い勝負
「単純な仕掛けだが、まんまと引っ掛かってしまったな」
と、ルヴェルは先ほどの攻防について評価し、反省したような口調になる。
「というか、魔力を流すにしてもずいぶんと自然だな……ついでに言うと気配を消すのも上手い」
「それはどうも」
「そういう技能も修行により体得したのか?」
「何が役に立つかわからないから、本で読んだ技法は一通り使えるようにはなったよ」
その言葉にルヴェルは多少驚いたのか、
「なるほどなあ……こういうところで差が出るのか」
「どういうこと?」
「俺は同業者の間ではそれなりに名が通っているが、戦闘を重ねることで強くなったタイプだ。それとは違い、受けている教育が根本的に違っていたり、あるいはそもそもの才覚が違っていたり……その違いで、技術に差が出ているという話さ」
「けど、使えるにしても戦闘が始まってから思いついたからね。本当に強いなら最初から使うべきだって話じゃない?」
「選択肢があるだけ、相当なものだと思うぞ……普通は、機転を利かせるなんてこと自体が無理だからな」
応じながらルヴェルは剣を構え直す。
「さて、俺としては結構面倒な手段だったが……どうする?」
「どうするって?」
「正面から激突するか、それともやり方を変えるか……その様子だと、何か思いついたんだろ?」
ルヴェルの問い掛けは、図星であった。確かに先ほどの攻防でユークは思いついたことがある。
(とはいえ……)
ユークは思案する。この方法ならばルヴェルに勝利できるかもしれない――が、周囲の仲間は納得するのか。
(どちらかと言えば奇策だよな……それに、周囲の人達は直接ぶつかり合って勝敗を決するところが見たいだろうし)
「なんだか悩んでいるみたいだが」
と、ルヴェルがおもむろに発言する。
「例えどんな戦法だとしても、俺は勇者だ。言い訳はしないさ」
「……勇者だから言い訳云々というのは疑問だけど、そういうことなら遠慮無くやらせてもらうよ」
ユークは発言し、魔法を発動する――それは、多数の幻影を作り出す魔法だった。
「おっと、そう来たか」
ルヴェルは警戒し一歩後退する――それと同時にユークは踏み込んだ。
同時に幻影もまた動き、ルヴェルへ迫る。幻影そのものは非常に精巧であり、本物と見分けがつかないレベル。
ルヴェルは間近に接近したユークへ向かって剣を薙ぐ。その体に剣が入ったが――霧のようにかき消えた。
続けざまに別のユークが迫る。幻影は単なる魔力であるため斬っても手応えはない。かといって幻影と決めて掛かれば斬られてしまう可能性がある。
幻影を含めたユークは瞬時にルヴェルを取り囲む。本物は当然ながら一人であり、どれが本物なのかを見極め斬らなければならない――
「魔力を探っても本物みたいに見えるな。完璧な幻術だ」
そうルヴェルは評する。それと同時に彼の顔には苦笑が浮かぶ。
「まったく、厄介な戦法だな……しかも、だ。そちらは幻影に紛れて攻撃するなんて戦法を選択したわけじゃないだろ?」
ユークは何も答えないが、その指摘は正解だった。
「まさか読み合い勝負に持ち込むとはな……! 本当に修行を終えたばかりの勇者なのか、って感じだよ」
ルヴェルであれば、幻影をすぐさま斬ることはできるだろう。だが大振りの一撃は当然ながら本物のユークに対し隙を大きく晒すことになる。それは間違いなく勝負を決するだけの時間を生むだろう。
幻術を見極めることができればルヴェルとしては対処できる。しかし、現状それはできていない。時間を掛ければ対策をとることはできるが、ユークはそんな余裕を与えないまま攻撃する。
つまり、幻影か本物かを戦いの中で見極める――そのヒントはユークの動き。つまり、戦いは相手の策をどこまで読み切るか、という戦術勝負に発展した。
「ふっ!」
ルヴェルは剣を薙ぐ。それはもし本物が突撃しても迎え撃てるだけの余裕がある状況での行動。結果、ユークの幻影がまた一つ消え去る。
魔法を発動してからユークは幻影の数を増やしてはいない。接近する段階で魔法を使えば自分が本物であるとバラすことになる。故に、攻撃を開始した以上は魔法を使うことはない。
残るユークは全部で五人。そのどれかが本物だが――
「いや、どこかに隠れている可能性もあるか?」
ルヴェルは呟く。彼の脳裏には、幻術に紛れ死角から攻撃しようとするユークの姿が浮かんだのかもしれない。
(実際は、真正面にいるけどね)
ユークは胸中で呟く。幻影のように動くユークは、ルヴェルの動きを見据えどう立ち回るのかを考える。
(本物か幻影を見極めることはできていない……けど、無茶な動きをしたら即座にバレる。かといって手をこまねいていたら幻影全てが消される)
このまま戦い続けても、幻影は数分経たずして消えるだろう――そう断定したユークは、幻影と共に仕掛けた。




