勇者の要求
「大きな事件を解決したことで、どのような評価となっているかはわかりませんが……自分としては、まだまだ足らないものが多いと考えています。よって、剣術や魔法などを学べるよう、色々と取り計らって頂けるとありがたいです」
その言葉に、国王は目を丸くする。
「今の実力では足らないと考えているか」
「まだまだやることは多いですね」
「ふむ、まさかさらに強くなるための報酬とは……勇者ユークの考えはわかった。おそらく貴殿は剣術や魔法、それ以外にも知見を広めたいという考えもあるだろう」
「そうですね」
「では、そうした場所に容易にアクセスできるよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
――これには、二つの意味があった。一つは単純に今以上の力を得るためだが、もう一つ。それは敵組織に関するもの。
現在組織は壊滅したと思わせ存続しており、隠れている。そして情報源となる内通者がこの王都にいる――勇者ロランのように実力を持つ存在である可能性も考慮し、様々な場所へ入り込めるようにした方がいいとの考えからだった。
「……勇者ユークは、これからどうするつもりだ?」
そして国王が問い掛ける――このまま旅を再開する、という返事をしたらどうなるのかという疑問がユークの胸の内に湧いた。
しかしそれは間違いなく、この場における最善の答えではない。ユークは後方にいる重臣から視線が注がれているのがわかる。おそらく旅を続けると答えれば、理由を尋ねられるだろう。
ここまで自由にしてきたが、さすがに王城で謁見までした以上、何かしら明瞭な理由がなければ外に出ることは難しい――
(やはり王都を脱出する術を用意しておくべきだな)
胸中で一つ呟いた後、ユークは、
「……答えを示すより前に一つ。国としての見解は?」
「最初は当初の予定通り学園に入ることも考えた……が、勇者ロランを撃破し、なおかつその能力の高さから国を脅かす組織を潰す契機となった事実を踏まえれば、他の道もあるだろうと考えた」
国王はユークへ語り始める。
「無論、魔法学園に入ることで貴殿は成長していくだろう。修行によって得られたものとは異なる経験と知識を得ることができる」
「そこは否定しません」
「しかし、それは同時に貴殿の能力に枷をはめることになるとも考えた。学園に閉じこもり勉学に時間を費やすような器ではない……むしろ、他の手段があるだろうと」
ユークは何も答えない。ただ無言に徹し国王の話を聞き続ける。
「旅を継続し、実戦で知識や経験を得ていくという手法も考えたが……勇者制度の上で貴殿はまだ修練の途上だ。今回、特別な措置として勇者アンジェも同行させたが、彼女もまた同じように制度の範疇にある」
「そうですね」
ユークは頷く――家出をした結果、勇者制度の枠から飛び出してしまった。それが結果的に国を攻撃する組織撲滅に繋がったということでひとまずお咎めはなしという形だが、ユーク達を自由にさせていては示しがつかないのも事実。
「しかし、貴殿が例外的な存在であることは重々理解している」
そして国王はなおも語る。
「故に、ここは勇者ユークの判断に任せることにした……とはいえ、外に出るとなったら多少なりとも理由は必要となるだろう」
「はい……現状、組織は壊滅した以上、旅をする理由はありませんね。勇者との交流についても、先の戦いでその多くを済ませましたから」
「では――」
「ただ一つ疑問が。その、寝泊まりする場所は?」
「ああ、そこについてはとある人物に頼んである……余の甥だ」
つまり、王族――これは重臣に対する意思表示でもあるだろう。すなわち、勇者ユークは国を救った勇者であり、国王は後ろ盾となった――
「必要な物があれば甥に言ってもらえればいい」
「わかりました。ありがとうございます」
「勇者ユーク、貴殿は若いが自らのことは自らで全て判断できるだろう。故に、まずは王都の中で生活し、慣れることから始めるといい……相談があれば遠慮無く告げるといい」
ユークは黙って頭を垂れる――ひとまず、扱いは良いと断言できた。
そして、ユークが動かずとも自由に動ける立場を確保することができた――多少目立った動きをしてもこれなら組織のことを調べても疑問を持たれることはないだろう。
なおかつ、動き方によっては組織の詳細まで――色々と頭の中で算段を立てながら、ユークはアンジェや勇者シャンナと共に謁見を終えて外へ出た。
「勇者ユーク、住む場所へ案内します」
そして勇者シャンナは告げる。
「事前に通達されていましたので」
「……シャンナさんがやる仕事ではないように思えますけど」
「それだけ、あなたに期待を掛けているということですよ」
――監視というわけではないが、注目されていることは確か。組織について詳しく調べることで弊害が出てくるかもしれない。
なかなか面倒だ、とユークは思いつつ、勇者シャンナの案内に従い歩き出した。




