嘘を真実に
「うん、君がここに来た事情についてはわかった」
ユークはアンジェへ向けそう述べた後、別の質問を行った。
「なら、なぜ君が? 国側の意図としては、俺が警戒をしない人材を、というのはわかるが……」
「それはなぜ私のような人間を選んだか、という理由ですか?」
「ああ。さっき町を出て追いかけっこをした際、どうにか食らいついていたから相当な実力者であるのはわかるけど」
「……正直、背中を追うので精一杯でしたよ」
どこか残念そうに語るアンジェ。もしかするとユークを追うことも自信があったのかもしれない。
「その理由ですが……私の立場はユーク様と似通っているため、でしょう」
「俺と?」
聞き返したユークに対し、アンジェはおもむろに右足の裾をまくった。真っ白い太ももの横側――そこに、翼を象った黒い紋章が刻まれていた。
それこそ、勇者の証――つまり『混沌の主』を打倒した者達の力を継承した、ユークと同じ――
「君も勇者候補か」
「ですが、私はユーク様と比べれば雲泥の差です」
そう語るアンジェの様子は、差があること自体当然であるような雰囲気であった。
「幼い頃より修練に修練を重ね、それでも極みは遙か遠くに……ユーク様が史上最強であるのは先ほど追ってわかりました。私はあなたの背中を見ることすら叶わない」
(さすがに謙遜だと思うんだけど……)
ユーク彼女のことを凝視。それにより感じられる気配は――同年代とは思えないほど強者のオーラ。
ユークは様々な師と顔を合わせその教えを受けてきた。中には現役で魔物と戦う達人もいたのだが、その誰よりも目の前の少女剣士の方が強い気配を漂わせている。
そして、同時に思う――勇者候補であることから、彼女もディリウス王国の勇者制度、その犠牲者であるのだと。
(良い暮らしができると考えたら良い面だってあるかもしれないけど……それに彼女は名家の出身だ。俺みたいに山ごもりをしているというわけではなさそうだな)
「君は勇者候補として実力はあるけれど、まだ政治の世界に入ったこともない……ましてや、俺と同じように魔法学園に入学してもいないから、魔の存在と内通しているはずがない。だからこそ、俺は信用できると考えた」
「はい、その通りです」
「……学園はいいのか? 俺は自分で納得してこの旅を始めた。でも君の方は――」
「ご心配ありがとうございます。しかし問題ありません。必要な知識は習得していますし、何よりこの旅で得られる経験を、学園の単位として認定して頂けるようなので」
(なるほど……どうするかなあ、これ)
状況は完璧に理解した。ユークにとって想定していない展開ではあったが、決して悪いものではないとも感じた。
むしろ国の人間から逃げ続けるのではなく、大っぴらに活動できる可能性すらできた。しかしそれは同時に魔の気配を追う、というありもしない幻影を探す必要性が出てくる。
(これを利用すれば旅は続けることができる……とはいえ、だ。俺の勝手気ままな旅にこの人を付き合わせるわけにもいかないよな)
家出をして、自由に旅をする――ユークは自分で決断したからいい。しかし彼女、アンジェは違う。ここでユークが「魔の気配を追う」と明言すれば黙ってついてくるがそれは嘘だ。
(ただ、今ここで彼女を振り切っても別の人間がやってくるだろう。国側は俺の手紙を真っ正直に受け取り、人を派遣したわけだし)
アンジェについてはユークの従者として職務を全うしようとしている――断ってもついてくるだろうし、無理矢理城に帰したとしたら、彼女がどうなるか。最悪怒られたりするのでは――
(……こういう方法は正直、傲慢だとは思うんだけど)
ユーク自身、王城を訪れて事情を説明する気はない。しかし、派遣されてしまったアンジェのことを思えば、嘘に付き合わせるわけにもいかない。
ならば手段は一つ――嘘を真実にする。
「……わかった。国は俺の意図を理解し、君を派遣した。ならそれに従おう」
「ありがとうございます」
頭を下げるアンジェ――それと共にユークは頭をフル回転し、今後のことを考える。
(彼女の旅路を実りのあるものにする……可能な限りの武功、可能な限りの功績。それを旅を通して得られる機会を作る……それで学園に通う以上の報酬を提供すれば、今後どこかで事情を説明するにしても納得はしてくれるだろう)
冒険者として仕事を続ければ、十分な功績を上げることは可能なはず――そこまで考え、傲慢だなあとユークは思った。彼女に与えるだけ与えるなどと、家出した自分が何をほざくかと考えてしまう。
しかし、国側の人間は彼女を派遣してしまった。そしてユークは、この旅を諦めるつもりはなかった。であれば、
「なら、手を貸してくれ。一人よりも二人の方が、活動の規模も広げられる」
「はい!」
元気よく返事をするアンジェ――こうして、史上最強勇者と勇者候補の旅が始まった。