想定外
「……君は?」
ユークはまず少女剣士に向け問い掛ける。その間に彼女は呼吸を整える。
黒色の髪は肩を越えるくらいの長さであり、また顔立ちも綺麗でとても旅をしている風には見えない。そもそも旅装姿ではあるのだが着ている物全てが新品なので、急いで購入して着せた、というのがユークでなくても理解できる雰囲気だった。
そしてそんな相手にユークは驚きつつも、全速力の移動についてこれる存在ということで並々ならぬ実力を持っているのだろうと推測した。追っ手にしては違和感を拭えないが、実力があるのは間違いない。
少しして少女剣士はようやく息を整えた。そして跪こうとしたので、
「あ、そのままでいい。礼を示す必要はない」
その言葉で彼女は動作を中断。次いで綺麗な声で、
「……アンジェ=エインディットと申します」
ユークは即座に名前を聞いて思い出す。エインディット、というのは騎士の名家である。
「今回ユーク様と顔を合わせるよう指示を受けまして……」
「顔を合わせる、とは?」
「ユーク様の口から、真意をお聞かせ願いたく。場合によっては従者として共に行動せよと仰せつかっております」
ここでユークは表情を変えぬまま内心で首を傾げた。真意とは何なのか。そして、態度からして首根っこをつかんで王都まで連行するという様子ではないのが疑問だった。
なおかつ従者として行動を共にする、とまで言っている。それは従者という名目の監視なのではと疑問に思いつつ、
「えっと……真意、というのは?」
「私はあくまでユーク様が残した手紙の内容しか知らされていませんが……魔の気配……それがどのようなものかを確認させて頂きたく」
――その瞬間だった。ユークの頭の中で雷鳴が大気を引き裂くがごとく、様々な考えが脳裏に浮かんだ。
比喩的な表現をすれば、星空に大量の数式が浮かび上がるような――ユークは瞬間的に少女剣士アンジェの語った内容を瞬時に理解した。
同時に頭の中でとある情景が浮かび上がる。育ての親であり師であるラギンが謁見し、ユークが出奔した事の一切を報告。そして、
(国側は、俺の置き手紙を額面通り受け取ったってことか……)
頭をかき、ユークは思考する。国側の対応は色々考えていたが、まさか真っ正直に疑いもせずそう受け取るとまで想定していなかった。
(俺が単独で出奔したのは国の人間は当てにできないからと考えたため、とか思ったわけだ。政治的に、何より国の人間の中でどう考えても魔の気配に関連なさそうな人間、かつ実力者である彼女を派遣し、事情を聞きに来たと)
そこまでユークは看破した後、腕を組み考えた。そんな様子を見たアンジェは固唾を飲んで見守っている。
(うーん……ある意味やりやすくはなったんだけど、じいちゃんも疑わなかったのか? それとも、じいちゃん自身が俺の手紙を真面目に受け取ったのか?)
それ自体あり得なくはない、とユークは思った。なぜならユークが町へ赴いて色々やっていたことをラギンは知らない。つまり彼にとってユークは清廉潔白かつ、品行方正な勇者だと考えている。
(本格的に顔出しする前の時点で色々噂があったことから、魔の気配を察知してもおかしくない、なんて思うようになったってことか……? 実力があると評価したとはいえ、十五のガキの言葉を額面通り信用するか?)
正直、ユークとしては中々に予想外の展開だった――が、アンジェの発言は紛れもなくそういうことであった。
(ま、まあいいや……俺としては首を傾げるしかないけど、そういう状況なら受け入れよう。なら問題としてはどうするか、だ)
ここで「いや実は単なる家出なんだ」と馬鹿正直にアンジェへ表明するのは愚策中の愚策である。ならば、誤魔化さなければならない。
(けど、魔の気配なんてないものを説明するのは難しい……と、その前に彼女についていくらか確認するか)
ユークはアンジェを見据える。先ほどの口ぶりからあまり事情を知らない様子ではあるが、
「……いくつか質問、いいか?」
「はい、何なりと」
背筋をピンのした状態で応じる彼女。そこまで肩に力を入れなくてもいいのに、とユークは思いつつ言葉を紡ぐ。
「まず君がここに派遣された経緯と、どうやって俺のことを見つけたかを教えてくれ」
「父からユーク様が出奔されたと聞き、従者が必要だとして私が選ばれた、と。そしてユーク様の動向については、ラギン様から情報を得て、魔力を捕捉する追跡魔法を作成した、と」
ここで、アンジェはユークへ視線を移し、
「ラギン様によると、魔力を偽装する可能性もあるので発見できないかもしれない……しかしもしこれで見つけられるのであれば、出奔したとはいえ国側からの接触を行いたいという思惑があると推察していました」
(お見通しか)
ここについては正解だったのだが、
(だったら手紙の意図についても察して欲しいんだけどなあ……)
と思ったが、ここについてはまあ勘違いしてもらった方がやりやすいのだろうか、などと思いつつユークとしては内心複雑な心境となった。