追っ手
そして――魔物討伐の緊急クエストからおよそ四日後、ユークは気付いた。
時刻は夜。戦士ギルドで仕事の報酬を受け取り、適当な飲食店で夕食をとって宿へ戻ってきた時のことだった。
「……来たな」
ユークは何者かが単独で町へ入ってきたことに気付いた。なぜ気付いたかというと、明らかに索敵魔法を行使しているのがわかったためだ。
魔物の居所などを把握するための魔法は、使用者の魔力が周囲に拡散するため相手に勘づかれるケースがある。熟練した魔法使いであれば悟られないように処置を施すのだが、ユークが気付いた相手はその辺りの工夫が甘かった。
とはいえ、ユークを探しているのかこの段階ではわからない――けれど、ユークは即座に動き始めた。すぐさま支度を整え、宿屋の受付へ向かう。
「チェックアウトします」
こんな夜に、と首を傾げた宿屋の人ではあるが、受理はしてユークは外へ出る。夜ではあるが町中ということで大通りを歩く人の姿は見える。飲み終わったのか陽気な声を上げる戦士数名や、夜に入ってどうにか到着した商人の姿とか、皆一様にどこかへ向かっている様子。
そうした中、ユークは町の外へ出るべく歩き出す。そこで、再び魔力を感じ取った。
(町中でもう一度索敵魔法を使った。さすがに俺がここにいることは気付いたよな)
心の内で断定しつつ、ユークは少し歩調を速めた。もし相手の狙いが自分自身であるのなら、この移動で相手は追ってくるはずだ――
魔力を発した方向、真後ろへ注意を払いつつユークは他の場所に目線をやった。索敵魔法を行使する人間以外にも誰かいないか。それを確認する。
(仕事をしていて町の様子はあまり見ていないからな……既に多数の騎士が展開されているという可能性もある)
けれどその推測が間違いであるのか、ユークへ目を向ける人間は皆無だった。夜間警備をする兵士や騎士がユークの姿を見て一瞬目を留めるが、すぐに興味をなくす。
魔物の群れが現れたことで見張りの人員は多少なりとも多い――が、ユークに対し警戒している様子などはない。つまり、
(追っ手は一人……? だとするなら、俺がどう動いても追いつけるし、実力で抑え込める人間、ということか?)
ユークが自分の実力を過信しているとしたら、たった一人で対処などできないだろう、と侮ってしまうかもしれない。だがユークはそう思わなかった。むしろ一人だからこそ、警戒の度合いを強くした。
(俺を追ってくる人間が一人。その目的は? 単純に捕まえて城に引っ張っていくというわけではない? それとも、たった一人でも対応できる?)
この国にはユーク以外にも勇者がいる。そういう人物が追っ手であるのなら、話はだいぶ変わってくる。
「まずは、相手を把握するところから、だな」
ユークはそう判断すると、さらに歩調を速めた。後方にある気配はそれを察したか、明確に気配が近づいてくる。
他にユークの動きを観察する人間はいない。やはり追っ手は一人――やがて町の区画を抜けた時、ユークは漆黒の街道を走り出した。足を魔力で強化し、闇夜の下を駆け抜ける。
その直後、追っ手の気配も大きく動いた。追随する気だとユークは確信しつつ、さらに速度を引き上げる。
このまま次の町まで向かうか、それとも森や山の中にでも入り込むか――跳ぶように走りながらユークが考えていた時、
「――っ――!」
声が聞こえた。それは明らかにユークを追っている人物のものだ。
後方の気配はついてきてはいるのだが、徐々に差が開き始めている。おそらくこのままの速度を維持すれば振り切れるはずだが、
「……相手を確認するか」
ユークは呟く。先ほどの声はおそらく呼び止めるもの。となれば、何かしら話をしよう、という意思があるはずだ。
ならば現在、国側はどういう方針を立ててユークに接しようとしているのか、それを推し量る良い機会になる。
ユークは街道から少し逸れ、夜の平原で立ち止まる。周辺には人の気配どころか魔物すらもいない。仮に何かしら戦闘に入ったとしても、人的被害が出ることはない。
やや遅れて追っ手が到着した。そこでユークは明かりを生み出す。周辺が照らされて、相手の姿を確認する――
「……ん?」
ユークは訝しんだ。光によって照らされた相手の姿は茶褐色の旅装姿。ここについては特に気にならなかった。騎士の出で立ちで捜索するのは不自然であるため、追っ手が来るとしたら旅人に扮して、というのは想定していた。
だが問題はその相手。どんな人物かと思ったら――女性だった。いや、より正確に言えば、ユークと同年代の少女。
綺麗な栗色の髪を持つ、少女剣士――傍からはそう見える。そういった女性がユークに追いつこうと必死にここまで来て、肩で息をしながらやってきたのだった。