置き土産
「……嵐みたいな人だったな」
勇者ジストが去った後、勇者ルヴェルが口を開いた。
「まああの人はいつもあんな感じだから」
「……思い浮かべていたイメージと、ずいぶん違うな」
ユークが述べると、ルヴェルは小さく笑った。
「耳に入る情報と実像なんていくらでも差はあるさ。ジストの場合は歴戦の勇者だし、普段歩く姿を見れば近寄りがたい雰囲気を持つから一番ギャップが大きいかもな。ロランなんて一番差がなくて、大体の人はイメージ通りに感じるみたいだが」
「そう……ちなみにだけど」
ユークはルヴェルへ向け一つ問う。
「俺のことは直に会ってみてどう思った?」
「君か? 年齢的なものを踏まえても、なんというか想像していたよりずいぶんと小さいと思ったな」
「身長的な意味で?」
「ああ」
ユークとしては別段何も思わない。
「身長は伸びてはいるし、そのイメージも半年後再会したらイメージが変わるかもね」
「ほう、そうか……ちなみにロランとも会うか?」
「呼んだら来るものなの?」
「あいつは他者とあんまり関わろうとしないが、誘って拒絶されるわけでもないからなあ……あ、でも居所がわかんないや。たぶんどこかにいるとは思うけど、宿に引きこもっているかもしれん」
それじゃあ会うのは無理か――などとユークは考えつつ、
「それじゃあ、今日はこの辺りで失礼させてもらうよ」
「そうか。もし会いたい勇者がいたら声を掛けてくれ。何かあれば手を貸すぞ」
「……ずいぶんと気に掛けてくれるけど」
「別に君達が特別だと考えているわけじゃない。困っている人がいたら助けようかと考えているだけさ」
邪気のない笑み。それを見てユークは改めて、この人が組織と関わりがないだろうと胸中で断定するのだった。
ルヴェルがいた店を出た後、ユークとアンジェは改めて相談を行う。
「これからどうする? 時間はまだたっぷりとあるし、町を見て回ることはできるけど」
「……ユーク様、今日顔を合わせたお二人についてどう思いますか?」
「んー……正直、俺の目からは組織と関連している風には見えなかったな」
率直な感想に対しアンジェは「そうですか」と応じる。
「ユーク様が怪しくないと断定するのであれば、そうなのでしょう」
「さすがに歴戦の勇者達だし、俺の目を誤魔化すことはいくらでもできそうだけどな……まあ、あの二人が国に反旗を翻すような感じには見えなかったし。ただ」
と、ユークはアンジェへ続ける。
「仮に関係していたとしても、ボロを出すことはないだろう。そもそも組織は表向き滅んだことになっている。組織から証拠は処分しておけと指示されるだろうし、仮にまだそういうものを持っていたとしても、自分達は調査して調べていたとか、いくらでも言い訳は立つ」
「……探りを入れても相手が組織の人間であることを確かめるのはまず無理だと」
「そうなるな。ただ、多数の勇者がいるこの町に、組織と関わっていた人間がいるとは思う」
ユークは告げると、一度周囲を見回した。
「今回の騒動が組織由来のものであるとしたら、仕掛けている人間は怪しまれないよう立ち回る必要がある。そのためには魔物の群れを制御するような術を確保していて、問題が起きれば都度対処できるようにしておくのがいい」
「仕組んでいる存在がいたとしても、見つけるのは困難ですね」
「だな。個人的にはここで捕まえるのはいくらなんでも無茶だし、そこまで高望みはしないよ」
「……ユーク様としては今回の件、どう思われますか?」
さらなる問い掛けにユークは一考し、
「正直、わからないな。単純に組織が放置した結果、騒動になって俺達が対処することになった、という感じが濃厚だとは思っているけど」
「組織の置き土産、といったところですか」
「けれど、だとしても……組織の人間が何もしない、というのはさすがにないな」
「というと?」
「次の作戦のために仕込みを開始するんじゃないかと思ってる」
ユークの言葉にアンジェは押し黙り、耳を傾ける。
「組織は結構な人間を投入して組織壊滅を演出した。傀儡を使っていると思うけど、彼らの大半は組織にとって重要な情報源であったのは間違いない」
「彼らから国の動向に関する情報をもらっていたと」
「ああ。しかもディリウス王国だけではなくログエン王国でも……組織の人間が多くなったからいらない存在は減らそう、という意味合いだってあるかもしれないが、それでも情報源の再構築くらいはするはず」
「最初の一手がここで?」
「あくまで可能性の話だけど……情報源、といっても多岐に渡り人員を確保しないと意味はない。貴族ばかりとか、勇者ばかりとかでは情報に隔たりが出てくる。つまり、色々な立場の人間から情報を得たい」
「勇者に対し、情報を得るため色々やるということですね」
「そうだ」
「なら、注意しなければいけませんね」
ユークの返事に対し、アンジェは表情を引き締めるのだった。




