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少年の勇者

 キィン、と乾いた金属音が響き、一本の長剣が宙を舞った。それが落ちると共に剣を握っていた人物――白銀の鎧を着た男性騎士は、声を上げる。


「見事です……勇者殿」


 力尽きたか片膝をつく――そこは人里離れた山の中。鬱蒼と茂る森と岩山を越えた先に存在する草木の生えていない空間に、十数の人間がいた。

 その大半が声を上げた男性と同じ格好をした騎士――しかし全員が膝をつくか倒れており、他には彼らが囲むようにして佇む少年が一人と、それを見守る翁が一人。


 少年は黒い髪と黒い瞳を持つ、取り立てて特徴のある容姿ではないが――どこか超然とした気配を漂わせ、視線は倒れている騎士達に向けている。手には剣を握っているが、騎士のように鎧は身につけておらず、単なる布製の服を着ている。


 一見するとただの村人のようだが――先ほど声を上げた男性騎士は少年を見据え、


「感服致しました……実力のほどは如何かと内心疑問に思う部分はありましたが……評判通りですね」


 そこまで語ると彼は翁へ顔を向ける。


「史上最強の勇者――その異名は、どうやら真実のようだ」

「そうじゃろう。この子を鍛えた誰もが口を揃えて言う……勇者――星の数ほどいる勇者の中で、最強であると」


 満足そうに述べる翁に対し、少年は淡々とした様子を見せている。

 その姿が倒れ込む騎士達に畏怖を与える――死屍累々となった状況は、全て少年が成したもの。ただ一人で十数人の騎士を相手取り、勝利したのだ。


「じいちゃん」


 少年は口を開く。物腰と同様に淡々とした、それでいて澄んだ声がこの場に響く。


「もう行っていい?」

「ああ、構わないよユーク」


 少年は剣を腰に差してある鞘に収め、この場を去る。そこでようやく倒れていた騎士達が起き上がり始めた。


「……これだけの人数を相手に、息一つ乱さないとは」


 感服したと語った男性騎士も声を上げながら、立ち上がる。


「訓練に付き合わせて申し訳ないと、後でユーク殿に伝えてください」

「気にしてもおらんよ。ユークは呼吸をするように剣を振り、魔法を操り、勉学に励む――まさしく勇者の器。僅か十歳にして全てを学びきった、天才中の天才じゃ。今の戦いすら、ユークにとっては戯れの一つでしかないじゃろう」


 翁の言葉に騎士は内心で驚愕しつつ、言葉を紡ぐ。


「彼は十五を迎えいよいよ世間にお披露目となりますが、問題はなさそうですか?」

「礼儀作法も余すところなく叩き込んだ。むしろあまりに覚えがよく、時間が余るほどじゃったよ」

「あなたはこれまでに何人もの勇者を育ててきたはずですが……その中において――」

「比べることすらおこがましいほどだな」


 騎士はゴクリと唾を飲む。そして立ち上がった周囲の騎士へ色々指示を出した後、


「数日後、出発することになりますが、私達が責任を持って宮廷へ送り届けます。実力、という意味ならば必要なさそうですが」

「護衛の必要はないな。とはいえこの山で育った以上、外界に出るのは初めてじゃ。世間一般の常識も教えてはいるが、色々足らない部分もあるだろう。そこについては頼む」

「はい、お任せください……宮廷で謁見後、国立の魔法学園に入学しますが、それも問題はなさそうですか?」

「学園生活や社交界に必要なものも教えた。宮廷から人が来たのだからご苦労なことだ」

「勇者である以上、国も惜しまず人材と投入するというわけですか」

「そうだ。よって心配する必要はない」


 老人はそう言うと、肩の荷が下りたように息を漏らした。


「儂の出番はこれで終わりだ。次代の勇者が生まれる前に寿命が来るかもしれんが、ここでいつでも迎えられるように待っておくよ」

「わかりました。陛下にもそう伝えておきます……お疲れ様でした」


 一礼する騎士――心の内では先ほどの圧倒的な勇者の姿を思い出していた。






 勇者――とは、世界に厄災を引き起こした『混沌の主』を打倒した人間の力を宿す者のこと。彼らは未来に再び『混沌の主』が現れるかもしれないと考え、後世に自分達の力が残るようにした。

 ただしそれは血筋や家柄、果てはどの国出身など何も関係がなく無作為に現れる上に、同じ時代に何人いるかもわからない。ただし判別はでき、体のどこかに翼の形を象った紋章が浮かび上がるようになっている。


 よって世界に存在する国々は子供に証がないかを確かめ、紋章があるのならば囲い込む――ディリウス王国もまたその一つであり、法律で三歳になったら紋章があるかを確かめる制度が存在する。

 そして孤児だった少年ユークに証が存在し、国は勇者を育てる役目を担う翁に彼を預け、勇者の名の恥じないありとあらゆる教育を施した――世俗に染まっては何をするかわからない。故に国立魔法学園――そこに入学する十五に達するまでは、山奥で剣と魔法を学び続けることを強制する。


 このやり方に異を唱える者もいるが、ディリウス王国では黙殺されている――勇者の証を持つ人間は普通の人と比べて潜在能力は恐ろしいほど高い。きちんと力を制御する術を身につけなければ暴走する危険性がある。

 よって証を持つ者を野放しにはできないし、国と敵対されたらまずい――ということで、ディリウス王国を含め世界中の各国は勇者を見つければ囲い込み、しかるべき教育を受けさせる。


 そうした中で少年ユークは翁や騎士が語ったかのように、恐ろしい才覚を持っていた。剣術は一目見れば全て習得し、魔法書も一読すれば瞬時に憶える――十五となって世間に出る前から噂は広まっていた。ディリウス王国でいよいよ外界に出る勇者は、史上最強であると。


 十五で王宮に向かい謁見し、魔法学園に入学しそこで初めて名前も公表される――要は謁見で最後の最後、王国を背負う勇者としてふさわしい人物であるか、見極めるというわけだ。

 とはいえ情報隔離を徹底された勇者候補は基本、善良な人間として教育を受けるためここで却下されるケースは過去の歴史において一度もなかった――


「ユーク、起きているか」


 騎士と戦った翌日、ユークの育ての親である翁は彼が寝泊まりする小屋の扉を叩いた。ユークが十歳を迎えた際に「夜は瞑想とか色々集中したいから一人で寝たい」と要求し、建てられた小屋である。

 実際に夜、魔法書を読んでいる姿や瞑想をする姿を翁は確認したことがあるし、例えばの話小屋から抜け出しても周辺に町どころか村一つない――よって何の問題もないと一人にしていた。


 ただ今日は少し様子が違っていた。いつもならノックをすればすぐに反応があるのだが、今日は返事一つない。


「まだ眠っているか?」


 そう思ったが起きる時間だ。正しい人間は規則的な生活から――翁はドアノブに手を掛ける。鍵は開いていた。


「ユーク、入るぞ」


 小屋の中へ。そこに――少年の姿はなかった。


 翁は訝しみながら小屋に唯一ある小さなテーブルに手紙があるのに気付く。眉をひそめながら翁は手紙を手に取り、中身を確認する。


『魔の気配を察知したので、旅に出ます。探さないでください。

 追伸 王宮とか学園の人とかには、適当に誤魔化しておいてください』


 そう書かれた手紙。それを見て翁は、


「……お、おお」


 腹の奥から絞り出すような声。


「おおおおおっ――!?」


 驚愕と共に発せられたその声は、小屋の中どころか外にまで響き渡ったのだった。


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