プロローグ
「カタリナ•ベル•クライアス!!お前との婚約、破棄させてもらう!!」
「……………は?」
一人の少女を抱きしめ、壇上からこちらを見下ろす金髪碧眼の男性、第一王子マルス•リル•アストレア。
……………今どういう状況か整理しましょう。
私は今、貴族が集う学院、王立セシリア学院に通っております。ちなみに、学院の名前は大昔に世界を救った聖女様からとったそうです。そんな学院に私はアストレア王国第一王子であるマルス殿下の婚約者として通わせていただき、今年で3年目になりました。
ある時、マルス殿下が突然舞踏会を開くと言い出しました。当然、マルス殿下の婚約者である私も出席しなくてはなりません。ドレスを選び、予定を合わすなど、こちらにも色々あるのですから、このように突然の開催はとても困りますが、仕方ありません。王子はバカ、こほん、少々、頭が残念な方なのです。ん?変わらないですって?知りません。実際そうですから。…話を戻しましょう。
そして舞踏会当日、ドレスを纏い、舞踏会に参加した私が、料理に舌鼓を打っていた頃、突然見覚えのない少女を抱きしめた殿下が壇上に現れました。挨拶もほどほどに、皆様が少女のことを気にし出した頃に、先ほどの場面に戻ります。整理終わりです。
終わりました。けれど…
「何を言っているのか少々分かりかねます。殿下」
「とぼけるな!!お前は、私の寵愛を受けるこのマリーに嫉妬し、様々な嫌がらせをしたと報告を受けている!挙句の果てには、ならず者を送り込みマリーを亡き者にしようとしたそうではないか!そのような者と、婚約などできるものか!」
びっくりです。驚くほど身に覚えがありません。
「殿下、私はそのようなこと、全く身に覚えがございません」
「ふざけるな、白々しい!!お前がマリーに嫌がらせをするのを見たという証言がいくつも上がっているのだ!」
証言ですか、殿下自ら見たということではないのですね。そのようなものを信じるとは。
そもそも、マリーとはどこの誰なのでしょうか。
「ふんっ、まぁいい。私は、お前との婚約を破棄し、このマリーと新たに婚約を結ぶ!ここにいるマリーは平民でありながら光魔法の使い手だ!そしてお前と違い、俺のことを愛し、尊敬してくれる。マリーこそが、私の婚約者に相応しい!!」
あらまぁ、貴族でさえありませんでしたか。ですが、いくら殿下の頭が残念といえど、この国の第一王子。平民と婚約するなど、何か考えがあるはず、です。………ないはずがありません。
「殿下、本当に平民と結婚なさるつもりですか?」
「貴様!!マリーを平民だからと侮辱するつもりか!!!」
「いいえ違います殿下。殿下自身の身分を考えて欲しいと言っているのです。あなたはこの
王国の第一王子、平民とは身分が釣り合わないと言っているのです」
「ええい、うるさいうるさいうるさい!!貴様はいつもそうだ!そうやって自分が正しいと疑わないような物言いをする!いい機会だから言ってやる!私は昔からお前のことが嫌いだった!魔法適性が0のくせに、事あるごとに私を見下し、バカにする!お前のその態度にはもううんざりだ!!」
いやいや、子供ですか。喚き散らして、文句を言う。まさかここまでとは。
「では、殿下、私との婚約を破棄するとしてお姉様はどうするつもりですか?」
ちなみに殿下の婚約者は私一人ではありません。代々私の家、クライアス家に生まれた娘は王位継承権を持った王家の男子に嫁いできました。私には3人の姉がいます。伝統にのっとり私たち姉妹はそれぞれ第一王子、第二王子、第三王子に嫁ぎました。余った私は長女であるアリシアお姉様と同じく、第一王子であるマルス殿下の婚約者となりました。
「ふっ、アリシアには今まで通りに私の婚約者として過ごしてもらう。ゆくゆくはアリシアを第一王妃、マリーを第二王妃とする。元平民であるマリーに第一王妃は少し荷が重いだろうからな」
ちなみに今日はアリシアお姉様は不参加です。外せない用事があったそうですが、こない方が良かったかもしれません。
「申し訳ありません殿下、私が力不足なばかりに、殿下に心労をかけてしまい…」
「謝らないでくれマリー。君は元平民、仕方のないことだ」
「あぁ、ありがとうございます殿下」
壇上でイチャイチャする二人。……私帰ってもよろしいかしら?いいですよね。
「要件がそれだけならば、私はお暇させていただきます。婚約破棄の話は持ち帰り後日、正式にお答えしましょう」
「待て!!」
壇上から殿下のお声が掛かります。
「まだ、何かあるのですか?」
「あるに決まっているだろう。貴様はマリーの命を狙った不届き者、つまりは罪人だ。今すぐに死刑にしてやりたいところだが、マリーはとても優しいのでな、国外追放で手を打つそうだ。あぁ、マリー、どうして君はそんなに優しいんだ。自身の命を狙ったものにさえ温情をかけるなんて…」
「いいえ、殿下。人は皆間違えるものです。カタリナ公女、罪を償い、許しを乞うてください。そうすれば神はあなたをお許しくださるでしょう。同様に、私もあなたを許します」
神?今、あの子、神と言いましたか?笑えますね。神が私たちに何をしてくれるのでしょう?
「おぉ、なんて慈悲深いお方だ。まさに聖女だ。聖女セシリア様の生まれ変わりだ!」
「マルス殿下万歳!!マリー様万歳!!」
「なんてお似合いなのでしょう!」
周りの殿下の取り巻き達が騒ぎ始めましたが、正気とは思えません。早くこの場から立ち去った方が良さそうですね。
「話が終わったならば私は帰らせていただきます」
「あぁ、即刻荷物をまとめてこの国から立ち去れ!!お前の顔など二度と見たくない!!」
同感です。私も二度と顔を見たくない。あぁ、そういえば、
「殿下、」
「なんだ、言い訳ならば聞かんぞ。まぁ、今すぐに土下座し許しを乞うならば聞くだけきいてやろう」
下品な笑みを浮かべる王子。このようなゲスと結婚させられるとは、アリシアお姉様がかわいそうですね。
まあ、結婚するまで殿下が生きているかどうかわかりませんがね。
「いえ、そのようなことをするつもりは全くございません」
「ではなんだ?私はお前と会話するだけでも気分が悪くなる」
「それでは最後に一つ、殿下は『影狼』をご存知ですか?」
「?もちろんだ。我が国、アストレア王国所属の隠密部隊『影』の団長であろう?私の警護も担当している。しかし、正体は分からん、謎の人物だと思っていたが、もしや貴様知っているのか?」
「はい。殿下もご存知の方ですよ」
「なに?それは誰だ!!もったいぶらず早く教えろ!!」
はぁ、小さな頃から何も変わらない。少しの時間も辛抱できず、すぐに喚き、全て自分の思い通りになると思っている。どうして今までこのような人を、
「ふふふっ」
「何がおかしい!!!貴様、今すぐに殺しても良いのだぞ!!」
「申し訳ありません殿下、あまりにおかしくて、その『影狼』が目の前にいるとも知らずに喚き散らして、まるで子供ですね」
ビキッ、と殿下の額に血管が浮かび上がる。あらら、そろそろ限界でしたか。
「殺す!!!衛兵!!今すぐその女を殺せ!」
今この舞踏会には第一王子派の人間しかおらず殿下の言葉をなんの疑いもせずに聞き入れた衛兵は私を取り囲み、剣を構えて飛びかかってきました。側から見れば絶体絶命。ただ、
「ではお答えしましょう、殿下。『影狼』の正体は、私です」
王国随一の実力者である私には少々戦力不足でしょう。
カタリナの姿が一瞬揺らいだかと思えば、次の瞬間には衛兵10人全員が地面に転がっていた。綺麗な銀髪をたなびかせ、周りを見る綺麗な銀色の瞳。ドレスも相まって、その姿はまるで妖精のように美しかった。
「………………は?」
「影狼である私がいなくなったと知ればあなたを殺したい方々は大喜びで刺客を放つでしょうね。せいぜい殺されないよう、お気をつけください。クソ野郎」