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15話:50階層ボス攻略Ⅰ

おはようございます。

朝更新です!

 ゼノンが扉を開くと、部屋の中央に鎮座する魔物の姿があった。

 その魔物はオーガの王――カイザーオーガ。


 だが下の階層で見たオーガと違うと言えば、三メートルはある巨体に、肥大した筋肉。

 額から生えた二本の捻じれたツノ。

 身に纏う魔力量も他の比ではない程に膨大だ。

そして己と同じ大きさはある両刃の戦斧だった。

閉ざされていたカイザーオーガの目が開かれ、咆哮を上げた。


『グオォォォォォォッ!』


 咆哮が衝撃となってゼノンを襲うも、その場に踏み止まる。

 カイザーオーガは戦斧を構え、ゼノンを睨みつけた。


(50階層ボスのカイザーオーガの情報はほとんどなかったな。ただ、アイリスが言っていたのが気がかりだな……)


 剣を構えたゼノンは、あの時のアイリスが言っていた言葉を思い出した。


「もし50階層まで辿り着けたら、ボスのカイザーオーガには気を付けることね」

「カイザーオーガ?」

「そう。オーガ種の最上位個体。これ以上言ってはゼノンの為にはならないから言わないけど、油断したら死ぬ相手よ。油断せず慎重に戦うことね」


 油断したら死ぬ。

 アイリスがそういうのなら、倒すまでは決して油断できない。

 ゼノンはカイザーオーガを見つめる。

 油断できない相手だというのは、嫌でも伝わってくる。

 ゼノンは大きく深呼吸し、剣を握る力を強めた。


(さあ、どう動くんだ……)


 脳内でカイザーオーガの取る行動の全てを、どうやって対処すればいいのかを思考する。

 そしてカイザーオーガが動いたと思ったその時、気付けばゼノンの正面で戦斧を薙ぎ払おうとしていた。


(――速っ!)


 無意識に屈んだゼノンの頭上を戦斧が通り過ぎる。

 コンマ数秒、屈むのが遅ければゼノンは死んでいた。


「――火球(ファイヤー)!」


 カイザーオーガに数発、残りを地面に向けて放つことで煙幕を作り出し、その隙にこの場から離脱する。

 カイザーオーガが戦斧を振るい、砂塵を晴らす。


「あの程度じゃあ、無傷だよな」


 直撃したのにも関わらず無傷なカイザーオーガが、静かにゼノンを睨みつけていた。

 ゼノンは心の中で「せめて少しでもダメージが入ってもいいだろ」と思ってしまう。

 だがカイザーオーガもそう簡単にやられてしまうわけにはいかない。

 この50階層の守護を任されているのだから。


「それじゃあ、今度はこちらから行かせてもらおうか!」


 ゼノンは駆け出す。

 カイザーオーガが迫るゼノンを見て、戦斧を振り下ろした。

 風を切る音がゼノンの真横を過ぎる。

 回避したゼノンはさらに突き進む。

 そして、カイザーオーガの真下まで潜り込むと、手に持った剣で胴体を斬り付けた。

 小さな悲鳴が聞こえたのと同時、ゼノンの眼前にカイザーオーガの拳が迫っていた。

 咄嗟に後方へと飛んで回避するが間に合わず、何とか迫る拳を受け止めた。


「ぐっ、がぁ!?」


 水平方向に吹き飛ぶゼノンは背後の壁に激突し、地面に倒れる。

 威力を減衰させたとはいえ、カイザーオーガの一撃はゼノンに大きなダメージを与えた。


「うっ、ぐぅ……」


 苦悶の声を漏らすゼノンはゆっくりと立ち上がり、回復薬を飲み再び剣を構える。

 カイザーオーガがゼノンにゆっくりと近づく。

 カイザーオーガの間合いに入り、戦斧を振り上げた。

 ゼノンは回避行動を取っていない。

 まだその時ではないからだ。


 振り上げられた戦斧が、ゼノンを両断しようと振り下ろされた。

 あと数センチというところでゼノンは半歩横に移動し、戦斧を受け流した。

 地面に突き刺さる戦斧に見向きもせず、ゼノンは駆け出す。

 そのままカイザーオーガの背後を取り、生物の弱点でもある関節、膝裏に狙いを定めて剣を振るった。

 鮮血が舞い、カイザーオーガから今まで以上に大きな悲鳴が聞こえた。


「よし!」


 思わず声を出して喜ぶゼノン。

 だがカイザーオーガは倒れていない。

 傷が浅かったのだ。

 振り返り様に振るわれた戦斧がゼノンに迫る。


「そう来ると思った!」


 来ると予想していた戦斧を躱し、続けてもう一撃を加える。

 再び悲鳴が聞こえ何度も攻撃を続けるが、カイザーオーガが咆哮を上げたことによる衝撃で、ゼノンは大きく後方へと吹き飛ばされてしまった。


「くっ!」


 空中で体勢を立て直して着地するゼノンは、手のひらをカイザーオーガに向けた。


「――炎槍(ファイヤージャベリン)!」


 複数展開された魔法が、カイザーオーガに向けて放たれた。

 迫る炎の槍を前に、カイザーオーガは戦斧を振るい、叩き落す。

 それでも数発は残り、カイザーオーガへと直撃した。


『グオォォォオ!?』


 カイザーオーガが悲痛な叫び声を上げる。

 オーガを貫通する威力があったにもかからず、カイザーオーガの体には火傷の痕が残っていた。

 血は流れているが、それでも致命傷には至っていない。


「マジか。でも少なからずダメージは負っている、か……だが」


 倒すための決定打となる攻撃を与えられていない。


「俺に何かが足りない、のか……?」


 足りない要素。それを考えるが、オーガはそんな暇をゼノンに与えるはずがない。

 迫り来る攻撃を躱して反撃し、時には攻撃を貰い、を繰り返す。

 カイザーオーガの体に傷が増えていく。

 ゼノンも同様で傷を負い、血を流していた。


 回復薬を取り出して一気に飲み干す。

 ゆっくりと傷が癒えていくも、消耗した魔力までは回復しない。

 ゼノンは魔力を体全体に行き渡らせることで、強化を図る。

 それでも力の差だけはカイザーオーガを超えるには至らない。


 そして、再び激突する両者。

 カイザーオーガが殴るも、魔力で身体を強化しているゼノンは耐え、殴った腕を斬り飛ばした。


『グオォォオオ!?』


 カイザーオーガの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。

 このまま倒せる。そう思ったゼノンであったが、カイザーオーガの雰囲気が一変したことで動きを止めてしまった。


「なんだ……?」


 注意深く観察していると、カイザーオーガの内包している魔力が爆ぜた。


「――ぐぅぅっ!」


 爆ぜた魔力が衝撃波となってゼノンを襲う。

 剣を地面に突き刺してその場に止まり、ゼノンはカイザーオーガの方へと顔を向けた。

そしてゼノンが目にしたのは、カイザーオーガの額の中央にもう一つの、第三の目が現れていた。


「おいおい。こんなの聞いてないぞ」


 そしてアイリスの言っていたことを思い出した。


「もしかして油断せず慎重に戦えって、このことを言っていたのか……?」


 カイザーオーガから放たれる濃密なプレッシャー。

 ゼノンは構えていた剣をゆっくりと下してしまう。


(こんなのに勝てるのか? 俺一人で? 無理だ。勝てっこない。倒せるはずがない)


 ゼノンは今まで感じたことのないプレッシャーに怖気づいてしまう。

 怖い。死にたくないという恐怖の感情がゼノンの心中を埋め尽くす。

 扉は塞がり、逃げ道などありはしない。

 ここで待つのは『生きる』か『死ぬか』。

あるいは『勝者』か『敗者』のどちらかのみ。

 そんな中、不意にアイリスの顔が浮かんだ。


(待ってる、か……)


 同じ高みへと来るのを待っていると言った言葉。忘れられるはずがなかった。 


「ハハハッ……アハハハハハッ!」


 笑い声が聞こえた。

 どこからだ?

 誰でもない。ゼノンからである。

 自分の情けなさからだ。これではバルガ達に顔向けできないと。

 待っているアイリスに申し訳ないと。


「そうだ、そうだよ! 俺はこの《神の試練》に挑みし挑戦者(チャレンジャー)の一人。 もとより生きるか死ぬかの二択。なら俺は死ぬまで夢を追いかけ続ける! ――最強へと上り詰めるまで、前進あるのみ!」


 自然とゼノンの体から恐怖心は消え去っていた。

 そして何故自分はこのような魔物に怖気付いていたのかと。

 相手はオーガの最上位個体。しかも本気を出してきている。

 強敵が相手だというのに自然と唇が弧を描く。


「――上等だ。かかって来い」


 ゼノンはカイザーオーガへと剣先を突き付けるのだった。



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