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Episode02

 本日は休業日だ。

 いくら趣味でやっている店だからといって、定休日はきちんと設けている。

 (わたくし)はカウンター奥にある扉を開き、室内に置かれている薬物の在庫チェックをすることにしていた。

 清潔に保つことにより、なるべく薬効に違和感を与えないように毎週きちんとチェックしている。


 潔癖症の気があるため、無造作に放置された薬物類を放置していくことはA型の私には耐えられないものがある。

 血液型診断は信用していないけど、親しくなった顧客と雑談して、何気なく血液型を訊いてみている私は、強ち嘘の情報とは思えなくなっていた。

 話を聞いて、会話をする際に『このひとはB型かな?』と推測すると、なぜだか大半が当てはまるのだ。


 だから、私は血液型診断を盲信してはいないものの、A型にはこういう客が多い、B型にはそういう客が多いということが身近にあり、あながち間違いではない気も同時に思えるのだ。


「覚醒剤の在庫は目安では50gちょっと。コカインも同程度しかありませんね……。大麻の品数も少なくなってきていますわ」奥の部屋の最奥にある戸棚から違法薬物の数々を取り出し、ひとつひとつ在庫を数えている。「問題はMDMAとLSDの在庫が非常に少ない点です」


 覚醒剤は50gでは心もとない。おそらく来月まで持つかどうかわからない量しかない。

 覚醒剤の売上はダントツで一位だ。一見50gもあればそこまで焦る必要はないと思われるかもしれないけど、買いに来る客の求める品は8割方覚醒剤だ。

 コカインは50gもあれば一月持つだろう。コカインは金持ちが一晩遊ぶためのような薬であり、覚醒剤とは使い道が異なる。

 実際にも覚醒剤のほうがコスパは良い。


 コカインは30分前後で薬効がキレてしまう。一晩はっちゃけるために乱用するパーティードラッグだ。

 それに対して覚醒剤は8時間前後薬効はつづき、興奮作用も覚醒作用も半減期も、すべてが優れている。そのため、覚醒剤を使う人間は、仕事や趣味を不眠で長時間没頭するのに適している。

 それと比較して、コカインはすぐに薬効がキレるため、一時的にハイになりたいひとが使ったり、遊びに使ったりする例が大半だ。コカインの半減期的に、趣味や仕事に熱中するためのものではない。あくまで一時ハイになるために使う遊びのような薬物だ。


 やはり、いま在庫が足りないのはMDMAとLSDの二種類だろう。

 知名度は低いが、一部のひとはこれらを気に入っている。そのためちょくちょく買いに来るのだ。


 ちなみに睡眠薬の類いは在庫がたんまり横流しされたことにより、倉庫の端に山積みになってしまっている。

 売れないことはないのだけれど、違法を求めてやってくる顧客は、睡眠薬を欲しがるひとは滅多にいない。

 一応、覚醒剤のキレ際対策として、トリアゾラムやフルニトラゼパムも多量に在庫を抱えているのが現状だ。


 いっそのこと、覚醒剤を1g以上購入した客に対して、おまけとして睡眠薬を渡してあげるのも得手かもしれない。

 ひとまず、私は覚醒剤の在庫ギレを防ぐために愛のある我が家に連絡を入れることにした。


『もしもし、どうかなされましたか?』


 嵐山さんが通話に出てくれた。話が早い。


「申し訳ないのですが、覚醒剤の在庫が少なくなってきてしまいまして。新たに200g届けてくださいませんか?」

『そういうことでしたか。ですが生憎、瑠奈は現在別の仕事に出向いていまして……』


 たしかに、微風瑠奈さんの仕事は覚醒剤の運搬だけでなく、不祥事を働いた人物に対する制裁を加える仕事も兼業しているという話は、かねがねから聞いていた。

 なんてタイミングが悪いんだ。


「無理言ってすみません。今すぐになくなるわけではありませんので、明日明後日でも構いません。ですから、何卒よろしくお願いいたします」


 嵐山さんはしばらく無言だ。

 なにかを考えているのだろうか?


『わかりました。お宅は愛のある我が家にとっても上客です。うちの人員からひとり覚醒剤をそちらに届けさせていただきます。少しお時間はかかりますが、本日中に届けに参りますので、訪ねてきた方から受け取ってください』

「あ、ありがとうございます!」


 その礼を最後に、私は通話を切った。

 これで覚醒剤の問題は解決できた。

 次は大麻、MDMAとLSDだ。

 私は大麻を栽培している知人に連絡を入れた。


『もしもし? かなたさんから連絡を入れるなんて珍しいですね』


 電話口の相手は、大麻を自家栽培しており、本来なら仲間うちにしか売らない大麻の売人だ。


「大麻を100gほどなるべく安価で仕入れたいのですが、可能でしょうか?」

『100gも購入してくださるなら色付けさせてもらいますよ! 届け先はそちらの雑貨屋かなたに持っていけばいいんですよね?』

「はい、お願いします」

『品種はどうします?』


 この問いには毎回困るのだ。

 私はアッパー系の薬物には人並み以上の知識はあるが、ダウナー系やサイケデリックに関しての薬物には、あまり知識がない。


「適当でお願いします。一応、袋ごとに品種の名前を書いてくださると助かります」

『わかりました! とりあえずノーザンライトとスーパースカンク辺りを持っていきますね!』

「ありがとうございます。では、三島さん。またあとでご来店をお待ちしております」


 向こうが通話を切るのを待ったあと、スマホを耳から遠ざけた。


「大麻と覚醒剤はなんとかなりそうです。が……やはりMDMAやLSDの入手には苦労しそうです」


 そんなことを迷っていると、店内にまだ14歳程度にしか見えない可愛らしい美少女が入ってきた。サラサラと靡いている髪が美しさをさらに高めている。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの……愛のある我が家の杉井豊花です。沙鳥に頼まれて覚醒剤の在庫を補填しにきました」


 その発言に、多少なりともびっくりしてしまった。

 愛のある我が家にはさまざまな女性限定の異能力者が所属しているとは小耳に挟んでいたけど、まさか、まだ高校生にすら行っていないであろう少女が密輸してきたのだ。


「あ、ありがとうございます。ここでは外からの視線が気になりますゆえ」とはいえ、人通りなどほとんどないんだけど、気になるものは仕方ない。「奥の部屋まで荷物を持ってきてくださいませんか?」

「は、はい。わかりました」


 杉井さんはおどおどしながら、私に誘導されて、薬物を仕舞う倉庫となっている奥の部屋の中に足を踏み入れた。


「すごい……覚醒剤だけじゃなくて、コカイン? やMDMAやLSDまで揃っているんですね……」


 杉井さんは薬物には不馴れなのか、嵐山さんや瑠奈さんみたいに堂々とした態度ではなく、辺りをキョロキョロ見渡し、初めて見る違法薬物に興味津々といった様子。

「あ……これが今回の品物です」


 杉井さんはやや大きめな鞄から黒いビニル袋を取り出し、私に手渡してきた。

 毎度ながら思うけど、200gとはいえ結構な重量感が手にのし掛かる。

 私は念のために袋を開き、やや小さな結晶を歯茎に塗るように擦り付け、紛れもなく覚醒剤に違いないということを確信した。

 歯茎がヒリヒリするーーこれは大昔の警察官が覚醒剤か否かを判断するためにやっていたとされる古典的な判別方法だ。


 私は戸棚から200万円を取り出し、無造作にそれを手渡した。

 杉井さんはあたふたしながらそれを鞄の奥底に詰め込んだ。


「いつもありがとうございます。当店での一番人気は、やはり愛のある我が家産の高純度の覚醒剤ですからね。一番金利は良いですし」

「はあ……そ、そうなんですか」

「あれ? あまり詳しくはないのでしょうか?」


 杉井さんは少しだけ間を空けたあと口を開いた。


「私は乱用したことがありませんので……高純度の価値がいまいちわからないんですよね」

「なるほど……」


 売る側はやらないことが鉄則の組織もあるという。

 私みたく自分自身で試してみる密売人も数えきれないほどいるけど、愛のある我が家は半グレでも薬物密売組織でもない。どちらかといえば暴力団に近しい存在なのだろう。

 正式には、特殊指定異能力犯罪組織に区分されている。けど、まあ、上部団体は大海組、さらに上には総白組、さらにさらに上には総白会がいるのだ。暴力団と考えても一概には間違いではないんだろう。


「なにはともあれ、これからもご贔屓にお願いします。私の店の一番の目玉は覚醒剤なのですから。愛のある我が家産というブランドに惹かれて買いに来る方もいらっしゃるくらいですから」

「は、はあ……えと、あの私はもう帰ってもいいのですか?」

「あ、はい。ありがとうございました。またなくなったら連絡を入れさせていただきますわ」


 杉井は軽く会釈をすると、雑貨屋かなたの店外へと出ていった。

 それと入れ替わりにーーといっても10分は経過しているけどーー大麻専属の三島さんが入り口を開いた。

 外には近場に車が止めてある。それはそうか。大麻の臭いは想像を絶する。嗅いだことのある人物や、薬物事犯に慣れた警官なら、臭いだけで大麻とわかってしまう恐れがある。


「今回のウィードはマジブリブリっすよー! いいのが採集できました!」


 パケをいくつも出してくるが、密封しているというのにカウンターの私まで臭いが届いてきて、思わずえづきそうになってしまう。


「ここに置いておくと臭いが大変ですから、先に奥の部屋に保管してきますね」


 私は言うが否や、そそくさと奥の倉庫になりかけている室内に入り、密封力が高いプラスチックケースに、大麻入りのパケを、品種毎に別けて並べていく。

 そのままケースの蓋を閉め、ケースを棚の奥底にしまいこんだ。

 すぐに支払う金銭を手に持ち、三島さんに手渡した。


「やっぱり大麻って大人気すよねー! 現状だと、若者に蔓延しているみたいっすね! 大麻は癌の疼痛にもうつ病にも効果がありますし!」

「……たしかに大麻は若者に蔓延していますね。覚醒剤とは真逆です。覚醒剤は30代以降の乱用者が多いのです。コカインは金持ちの遊びといった感覚が強く、LSDやMDMAも若者だと思えます」ですがーー。と私は言の葉をつづけた。「大麻も覚醒剤もMDMAもLSDもヘロインやモルヒネも、一律違法には代わりありません。そこはきちんと弁えたほうがいいですよ」

「あ、あははは。わかってますって」


 うーん、この三島さんという方、常に態度が軽薄な点だけが気にかかる。

 私は数々の薬物依存者を間近で見てきた。

 私には、醜く感じられた。


 大麻を愛好するひとは、大麻以外のハードドラッグを見下している。

 コカインやMDMAなどを愛好するひとは、覚醒剤だけには手を出さないと宣言している。

 覚醒剤をガラスパイプで愛煙しているひとは、静脈注射だけはやりたくないと宣う。

 覚醒剤を静脈注射で乱用している者は、ヘロインにだけは絶対に手を出さないと言う。


 ーーこれらは私からしてみれば、五十歩百歩だ。どんぐりの背比べにしか感じられない。


 三島さんは会釈をすると、渡した金銭を無造作にポケットに入れると、ふらふらとした足取りで店舗を後にした。

 ……あの足取り、目付き、体臭を考慮するに、ここにくるまえにも大麻を吸引していたのだろうと容易に想像ができてしまう。


 さて、残るはMDMAとLSDだ。

 幸い、今すぐ品切になる可能性はほとんどないだろう。

 明日か明後日辺りにでも、愛のある我が家に連絡して入手経路を探してもらえないか訊いてみよう。今の私はそれくらいしかできないのだ。

 昔は薬物密売組織から直接仕入れていたが、あそこが検挙されてからはじり貧だ。

 早いうちにどうにかしよう。



 私は店仕舞いのために店内を軽く掃除して、店舗の鍵を閉め、照明を消したら自室兼倉庫に布団を敷いて横になるのだった。

 

 


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