prologue
繁華街から離れた住宅街にある私が経営している雑貨店は、扱っている品が品だけにあまり買って帰る人たちは少ない。
雑貨店とは名ばかりの、売っているものは怪しい壺や大きな石、パワーストーンやそれらでつくったブレスレット程度な物だ。
小さなコーナーにちょこんとノートや鉛筆、シャーペンも置いているのだけれど、埃が被っているのを見てわかるとおり、全く売れていないのが現状だ。
住宅街の端ということも相成り人通りは少なく、売り上げも赤字つづき。
そんないつ潰れてもおかしくない寂れた店舗が、なぜ未だに経営を続けられているのか不思議に思うひともいるだろう。
だけど、それには秘密があるのだ。
たしかに、雑貨品を購入するために訪れるひとはほとんどいない。
老人が散歩がてらに来店したり、子どもが興味本意で冷やかしに来るのが稀にあるくらい。
この店のメインの客層は、大半が二十歳を越えた男女。
無論、このひとたちは雑貨を購入するために来ているわけではない。
客がひとりもいないなか、呆けながらそんな想像をしていると、入り口のドアが開き三十路手前辺りの男性が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ、前田さん」
このひとは店の常連である顧客のひとりである。名を前田さんという。
「いつものを1gばかり購入したい。道具も四本ほどほしい」
「氷ですね? 道具込みで現在は34000円になりますが、お財布は大丈夫でしょうか?」
「ああ、金ならある」
顧客の前田は財布を取り出し、34000円ピッタリの札を手渡してきた。
「わかりました。それでは店内の椅子でお待ちくださいませ」
雑貨店『かなた』という自分の名前から名付けた店内の中は、誰が買うのかわからないような物品がところ狭しと並んでいるが、ひとつしかない椅子の周りはなるべく清潔さを保っている。
小汚ないのは店の内装が狭いからにちがいないーーと自分自身に心中で言い訳をしながら、レジの裏にある扉を開き中に入った。
奥にある倉庫のような室内には、透明な砕けた結晶の入った袋や、少し茶色がかった粉末の詰め込まれた袋、部屋の隅には既にチャック付きビニル袋ーー通称パケと呼ばれる透明な袋に封入されている緑色の植物、その隣には、独特な色をした錠剤が袋に入れられ放置されている。
他にも謎の紙片や睡眠薬が並べてある。ここは特別な部屋なのだ。
私は0.01gから測定できる秤を用意すると、砕けた透明な結晶をパケに入れ、だいたい1gになったらチャックを閉じた。
同時に部屋の隅にある薬局から横流しされて手に入れたインスリン用の使い捨て注射器を四つ手にとると、それを手に持ち前田さんの待つ部屋に戻った。
「はい。氷1gと道具4つですよ」
「ありがとうございます。また無くなったら来ますので、そのときはよろしくお願いします」
「こちらこそ。ただ毎度ながら煩わしいかもしれませんが、言わせていただきます。もしも前田さんが警察に捕まえられてしまっても、決して私の存在はうたわないでくださいね?」
「は、はい。肝に命じておきます」
前田さんが外に出たのを見送ると、再びカウンター内にある椅子に腰をかけて気分を落ち着かせる。
私の店舗が今もこうやって経営していられるのは、雑貨品の売上だけじゃない。むしろ、いまの常連客が欲しがる物の売買で成り立っている。
私はさまざまなニーズに応えるため、いろいろなルートから皆が欲する物品ーー薬物を揃えているのだ。
店内だから問題はないが、ついつい癖で隠語を使ってしまうのは、昔の癖だろう。
たとえば、前田さんの購入した商品は、氷1g=覚醒剤1gと、道具四つ=注射器四本という隠語だ。
私の取り扱っている商品は、一番人気の覚醒剤をはじめとして、大麻やコカイン、MDMAやLSDといった違法薬物に加え、睡眠薬や睡眠導入剤、抗不安薬といった向精神薬ーー睡眠薬は覚醒剤のキレ際にも使えるーーそして、覚醒剤やコカインを注射するための道具ーーインスリン用の使い捨て注射器や、ガラスパイプなども取り扱っている。
覚醒剤が人気な理由は、元々日本人の体質には覚醒剤が合っていたことと、覚醒剤の入手経路は、高純度が売りの“愛のある我が家”から仕入れているからだ。
ちなみに注射器は本来してはいけない薬局から横流しをしてもらっている。向こうも金銭を懐に入れてウハウハだろう。これこそウィンウィンの関係とさえいえる。
大麻も入手ルートは楽だけど、問題はその他だ。コカインはまだしも、LSDやMDMAなどを手に入れるためのルートは最近厳しくなり、品薄なのが難点だと思っている。とはいっても、購入者は覚醒剤より遥かに少ないからどうにかなっているが……。
ちなみに、日本国内ではヘロインのみ流通ルートを探し出せずに諦めることにした。第一、同じ違法薬物は違法薬物でも、印象どおり廃人になるヘロインはあったとしても売らなかっただろう。
いや、負け惜しみじゃないですからね?
しばらくすると、カランカランと鈴が鳴り、14歳ほどの外見をした少女が入ってきた。
「連絡してくれたとおり、200g用意したから」
と、少女ーー綺麗な顔立ちに片方だけのモミアゲを緑色に染めているーー微風瑠奈さんは、鞄から黒い袋に入った覚醒剤の山を渡してきた。
「やっぱり愛のある我が家産は非常に好評で、売り上げも抜群ですわ」
私はカウンターの奥の部屋に荷物を置いて、瑠奈さんに札束を渡した。
「信用してるから数えたりしないけどさ? ちゃんと200入ってるんだよね? 裏切ったらバラバラ死体じゃ済まないよ?」
「私もまだ死にたくはありませんわ。ご安心ください」
瑠奈さんの発言は、決して脅しではない。
摩訶不思議なちからを使って、人間を意図も容易く切断できる異能力者なのだ。本人は異能力者ではないと否定しているが、私からしてみたらどちらも大差ない。
十数年前から、突如として一般人が摩訶不思議な力を扱えるようになったーーそうした人々のことを、今では異能力者と呼称されている。
火の玉を出したり、水流を操ったり、空を飛んだり、意識を奪ったりーー等々が異能力者に中るのだという。
しかし、私は二十年間生きてきたなかで、異能力を目にしたことが一度たりともない。もはや、私の中では都市伝説となってしまっている。
けれども瑠奈さんたち愛のある我が家の存在により、実際に異能力を持つ人間もいるんだ……と、最近になってようやく実感できた。
大抵の異能力者は異能力者保護団体により、異能力の使用を堅く禁じられているからというのも、見かけない理由のひとつかもしれない。
「瑠奈さんは異能力者保護団体に申請しないのでしょうか?」
ふと疑問に思えた事柄を瑠奈さんに直接問いかけてみた。
しかし、瑠奈さんは若干不機嫌そうな顔をすると、「だから、わたしは異能力者じゃないんだって!」と声を荒くした。
どうやら怒らせてしまったらしい。
「気分を害してしまったのでしたら、申し訳ございません」
「ふぅ……まあいいか。わたしが愛のある我が家って特殊指定異能力犯罪組織に所属してるって以前言ったよね?」
「はい。存じております」
瑠奈さんが愛のある我が家という組織に属しているのは、初めて邂逅したときに教えてくれたのを記憶している。
「メンバーは10人に満たない組織なんだけどさ、大半が異能力者なんだよね。で、犯罪組織がわざわざ異能力者保護団体に申請すると思う? 異能力を利用して犯罪しているんだから、伝えるわけないじゃん」
たしかに、異能力者保護団体に申請しなくてはならないという法律があるうえ、異能力の使用を禁ずるといった規則があるのを思い出した。
「愛のある我が家だけじゃない。他の異能力犯罪組織もわざわざ申請にはいかない。悪事に利用するんだしね。たしかに絶対数は少ないけど、遭遇することになったら」
「なったら?」
「ま、がんばっ!」
ええ……。
瑠奈さんはそう言い残すと、店舗から外に出ていってしまった。
まあ、今までだって遭遇したことはないし、異能力犯罪組織と敵対することもないだろう。
私はいつもどおり、雑貨品や薬物を購入する顧客を相手にするだけだ。
と考えていると、早速顧客が店内に入ってきた。
「なにをご所望ですか?」
「草を二つと氷を1g、あと道具二本ね」
「わかりました。代金は44000円になります」
「ここの氷は高品質でたまらないよ。これからも利用させていただくね」
代金を先払いしてもらい、私は奥の薬物倉庫に入っていった。
私の表の顔は、寂れた雑貨屋の店主だ。
ーーしかし裏の顔は、薬物の売人なのだ。